91 年菊花賞の全て|トウカイテイオー不在のドラマと歴史

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競馬史において、数々の名勝負が語り継がれていますが、その中でも91 年菊花賞は特別な一戦として多くのファンの記憶に刻まれています。無敗の二冠馬として圧倒的な主役になるはずだった1991 菊花賞 トウカイテイオーの無念の離脱。主役不在の中で栄冠を手にしたレオダーバンの物語は、競馬の厳しさとドラマ性を象徴する出来事でした。このレースを深く知ることは、その年のクラシック戦線、特に1991 ダービーでの激闘や、年末の大一番であった1991 有馬記念の波乱を理解する上で欠かせません。また、前年の90年菊花賞や翌年の1992年 菊花賞と比較することで、時代の移り変わりを感じることもできるでしょう。この記事では、伝説となった91年のレースを振り返るとともに、菊花賞 過去20年菊花賞 過去10年の膨大なデータを網羅。気になる菊花賞 過去配当や夢の高額配当となった菊花賞 過去 最高配当、さらには詳細な菊花賞結果菊花賞 払い戻し情報まで、あらゆる角度から徹底解説します。歴史的な菊花賞 レコードの変遷から、菊花賞 いつ開催されるのか、そして過酷な菊花賞 距離といった基本情報まで、あなたの知りたい情報の全てがここにあります。

  • 91年菊花賞でトウカイテイオーが不在だった理由がわかる
  • 主役不在のレースを制したレオダーバンの勝因に迫る
  • 過去20年の菊花賞結果や最高配当がデータでわかる
  • 菊花賞の歴史や記録に関する知識が深まる

目次

主役不在で迎えた91 年菊花賞の記憶

  • 悲運に見舞われた1991 菊花賞 トウカイテイオー
  • レオダーバンが見せた渾身の菊花賞結果
  • 王者の強さを見せつけた1991 ダービー
  • 時代の比較対象となる90年菊花賞と1992年 菊花賞
  • 年末の大一番、大波乱の1991 有馬記念

悲運に見舞われた1991 菊花賞 トウカイテイオー

1991年のクラシック戦線は、まさに一頭の天才によって支配されていました。その名はトウカイテイオー。「帝王」という愛称で呼ばれた彼は、父である無敗の三冠馬シンボリルドルフの覇気と、母から受け継いだ天性のスピードを併せ持つ、まさにサラブレッドの結晶でした。デビューから無傷の連勝街道を突き進み、皐月賞、そして日本ダービーを他馬を全く寄せ付けない圧倒的な強さで制覇します。ファンや関係者の誰もが、競馬史上初となる「父子二代での無敗三冠」という歴史的偉業の誕生を確信していたのです。

栄光のダービー、その裏側で

しかし、栄光の日本ダービーを制した直後、競馬界に激震が走ります。レースの興奮も冷めやらぬ数日後、トウカイテイオーの歩様に異変が見られ、精密検査の結果、左後脚第三中足骨の骨折が判明したのです。三冠達成という輝かしい夢は、あまりにも突然、そして無情に打ち砕かれてしまいました。

当時の報道は日本中の競馬ファンに大きな衝撃を与え、その喪失感は計り知れないものでした。スポーツ新聞には連日、彼の容態を伝える記事が掲載され、多くのファンが回復を祈りました。しかし、下された診断は「全治6ヶ月」。これは、三冠最後の舞台である菊花賞への出走が絶望的であることを意味していました。

三冠達成の夢、断たれる

ダービー制覇という最高の栄光から一転、菊花賞への道は完全に閉ざされました。競馬に「もし」は禁物ですが、今なお多くのファンが「もしトウカイテイオーが無事だったら、どれほどのパフォーマンスを見せてくれただろうか」と思いを馳せる、競馬史に残る悲劇の一つです。

あの時の絶望感は忘れられません。誰もが歴史的瞬間を見られると信じていただけに、本当にショックが大きかったですね。

繰り返す試練と「奇跡の復活」へ

この菊花賞断念は、トウカイテイオーのキャリアにおける最初の、そして最大の試練でした。しかし、彼の物語はここで終わりません。むしろ、ここからが「帝王」の真の伝説の始まりだったと言えるかもしれません。

菊花賞を棒に振ったこの骨折だけでなく、トウカイテイオーはその後も複数回にわたる骨折に見舞われ、その競走馬人生は常に怪我との戦いでした。多くの馬なら引退を余儀なくされるような大怪我を、彼は不屈の闘志で何度も乗り越えていきます。

絶望から希望へ

そして、この菊花賞断念から約1年半後の1993年。実に1年(364日)ぶりのレースとなった有馬記念で、トウカイテイオーは劇的な復活勝利を遂げます。この勝利は「奇跡の復活」として今なお語り継がれており、菊花賞に出られなかった悔しさが、後の大きな感動の序章となったのです。

こうして、絶対的な主役を失った1991年の菊花賞は、一気に混戦模様となります。トウカイテイオーという巨大な目標、そして絶対的な物差しを失ったライバルたちは、新たな菊花賞馬の座を巡って激しく火花を散らすことになりました。本来であれば、歴史的偉業の達成を見届けるはずだった舞台は、「誰が本当の世代最強なのか」を問う、真のサバイバルレースへとその姿を変えたのです。

レオダーバンが見せた渾身の菊花賞結果

絶対的王者トウカイテイオーが不在となり、一気に混戦模様となった1991年の菊花賞。その中で見事に世代の頂点に立ったのが、レオダーバンでした。彼は決して「代役」として勝ったわけではなく、世代屈指の実力と菊花賞を制するにふさわしい資質を兼ね備えた競走馬だったのです。

父に偉大なスピード馬マルゼンスキーを持ち、母の父にはスタミナ血統のターゴワイスを持つレオダーバンは、スピードと持久力を両立した良血馬として早くから期待されていました。前述の通り、日本ダービーでは王者の強さに屈したものの、3馬身差の2着に食い込んだ走りは、彼の能力の高さを証明するものでした。

ダービーの雪辱を胸に、秋へ

ダービー後、夏を越して心身ともに成長を遂げたレオダーバンは、秋の始動戦であるセントライト記念で3着となります。これは決して満足のいく結果ではありませんでしたが、本番を見据えた叩き台としては十分な内容でした。鞍上には、数々の大レースを制してきた当代随一の名手・岡部幸雄騎手を新たに迎え、万全の態勢で最後のクラシックへと駒を進めたのです。

レース当日、レオダーバンはファンから1番人気に支持されました。それは、ダービーでの実績と、名手・岡部騎手への絶大な信頼感の表れでした。

レース展開:静寂の淀で繰り広げられた頭脳戦

ゲートが開くと、多くの陣営が3000mという長丁場を意識するあまり、互いに牽制し合う展開となります。その結果、最初の1000m通過が63秒4という、近年では考えられないほどの超スローペースでレースは進みました。このような展開は、スタミナの消耗は少ない一方で、最後の直線だけの瞬発力勝負、いわゆる「上がり勝負」になりやすく、騎手の判断ひとつで全てが決まる極めて難しい状況を生み出します。

岡部騎手は、道中でやや力むそぶりを見せるレオダーバンを馬群の内側で巧みになだめ、完璧に折り合いをつけます。ライバルたちが動くに動けない中、ただ一人、冷静に勝利への最短ルートを描いていました。そして勝負どころの第4コーナー、馬群が凝縮してゴチャつく中、岡部騎手は最短距離を突く見事な進路取りで直線へと向かいます。

勝因分析:人馬一体で掴んだ栄冠

最後の直線、満を持して追い出されたレオダーバンは、名手のゴーサインに鋭く応えます。先に抜け出しを図る2番人気のイブキマイカグラを外から猛追し、ゴール前で見事に捉えきって1馬身1/4差をつけて優勝。ダービーでの雪辱を見事に果たし、クラシック最後の一冠を手にしました。

この勝利は、複数の要因が完璧に噛み合った結果と言えます。

  • 岡部騎手の神騎乗:超スローペースを読み切り、馬を完璧にコントロールしたペース判断とコース取りは、まさに名人芸でした。
  • レオダーバン自身の成長:ダービーでの敗戦を糧に、精神面で大きく成長。重要な局面で騎手の指示に応えることができるようになっていました。
  • 血統の開花:父から受け継いだスピードと母系から来るスタミナが、3000mという大舞台で完全に開花しました。

まさに「人馬一体」を体現したレースでしたね。トウカイテイオーという絶対的な目標がいたからこそ、レオダーバンもダービーの悔しさをバネに大きく成長できたのかもしれません。

それでは、1991年菊花賞の全着順と払い戻し結果を見てみましょう。

1991年 第52回菊花賞 (GI) 結果

着順馬番馬名性齢騎手人気
118レオダーバン牡3岡部幸雄1
213イブキマイカグラ牡3南井克巳2
34ナイスネイチャ牡3松永昌博4
414シャコーグレイド牡3蛯名正義3
58フジアンバー牡3加藤和宏12
611イイデサターン牡3河内洋5
717リンデンリリー牝3岡潤一郎7
81ミスタースペイン牡3安田隆行10
96ドウジマムテキ牡3塩村克己8
102ロングタイトル牡3小島太6

払い戻し

単勝18270円
複勝18
13
4
130円
140円
200円
枠連7-8530円
馬連13-18610円

1番人気のレオダーバンが勝利し、2番人気のイブキマイカグラが2着に入ったため、馬連の配当は610円と、人気サイドでの決着となりました。

その後の軌跡

菊花賞馬として世代の頂点に立ったレオダーバンでしたが、残念ながらその後の競走生活は順風満帆とはいきませんでした。古馬になってからは脚部の故障に悩まされ、本来の力を発揮することができず、この菊花賞が唯一のG1勝利となります。しかし、絶対王者が不在という難しい状況下で見せたあの日の輝きは、決して色褪せることはありません。レオダーバンは、自らの力で栄光を掴み取った、紛れもない菊花賞馬として競馬史にその名を刻んでいます。

王者の強さを見せつけた1991 ダービー

91年の菊花賞を語る上で、その前哨戦である日本ダービーを抜きにしては考えられません。このレースこそ、トウカイテイオーが世代最強であることを満天下に示した伝説の一戦でした。

皐月賞を制し、無敗のままダービーに駒を進めてきたトウカイテイオーは、単勝1.6倍という圧倒的な支持を集めます。レースでは、道中6番手あたりを追走すると、最後の直線で楽々と抜け出し、2着のレオダーバンに3馬身差をつける圧勝劇を演じました。その走りは、まさに次元が違うと評されるほど衝撃的であり、父シンボリルドルフに続く無敗の三冠達成を誰もが疑いませんでした。

ダービーでの着順が菊花賞へ

このダービーで2着に敗れたのが、後の菊花賞馬レオダーバンです。最強馬に唯一食らいつこうとしたレオダーバンの走りは高く評価され、菊花賞ではトウカイテイオー不在の中、1番人気に支持されることになります。ダービーでの直接対決があったからこそ、菊花賞のドラマはより深みを増したと言えるでしょう。

もしトウカイテイオーが菊花賞に出走していれば、歴史的な結果が生まれた可能性は極めて高いです。しかし、このダービーでの圧巻のパフォーマンスがあったからこそ、彼の不在が菊花賞をより一層特別なレースにしたのです。

時代の比較対象となる90年菊花賞と1992年 菊花賞

1991年の菊花賞が持つ特異性を理解するために、その前後のレースを比較することは非常に有効です。それぞれが全く異なる形で歴史に名を刻んでいます。

90年菊花賞:名ステイヤー・メジロマックイーンの戴冠

前年の90年菊花賞を制したのは、後に天皇賞春秋連覇など数々の偉業を成し遂げるメジロマックイーンでした。当時はまだ重賞未勝利の上がり馬でしたが、この菊花賞で長距離ランナーとしての才能を一気に開花させます。レースでは、先行集団から力強く抜け出して完勝。ここから、日本競馬史を代表する名ステイヤーへの道が始まりました。王道を歩む優等生の勝利であり、91年の波乱に満ちた展開とは対照的です。

1992年 菊花賞:最強馬を破った刺客・ライスシャワー

翌年の1992年 菊花賞は、競馬史に残る名勝負として知られています。無敗の二冠馬ミホノブルボンが、史上5頭目の三冠馬、そして史上初の「無敗の三冠馬」の座をかけて出走しました。しかし、その偉業を打ち砕いたのが、ライスシャワーです。徹底的なマークから直線でミホノブルボンを競り落とし、レコードタイムで勝利。「関東からの刺客」と呼ばれたライスシャワーの走りは、大記録達成を阻止したヒール(悪役)として、ファンの心に強烈な印象を残しました。

90年は王者の誕生、92年は大記録の阻止。そしてその間にあった91年は、絶対王者の不在。3年連続で全く違うドラマが生まれたのが、この時期の菊花賞の面白さですね。

年末の大一番、大波乱の1991 有馬記念

トウカイテイオーの離脱とレオダーバンの勝利に揺れた1991年の競馬界。その年の総決算である1991 有馬記念もまた、歴史的な大波乱のレースとなりました。

この年の有馬記念は、前年の覇者オグリキャップが引退し、新たなスターを待望する雰囲気の中で行われました。1番人気に支持されたのは、天皇賞(秋)を制したメジロマックイーン。多くのファンが彼の勝利を信じて疑いませんでした。

しかし、レースは誰もが予想しない展開を迎えます。ハイペースで逃げたツインターボが作り出した厳しい流れの中、直線で馬群を割って鋭く伸びてきたのは、なんと14番人気の伏兵ダイユウサクでした。メジロマックイーンの追撃を振り切り、当時のレースレコードで優勝。単勝配当は5,560円、馬連は39,730円という特大万馬券が飛び出しました。

1991年を象徴する波乱の決着

春はトウカイテイオーという絶対的な主役が君臨した一方で、彼がターフを去った秋以降は、菊花賞、そしてこの有馬記念と、筋書きのないドラマが次々と生まれました。ダイユウサクの勝利は、1991年という年がいかに予測不能で波乱に満ちていたかを象徴する出来事だったのです。

クラシック戦線から年末のグランプリまで、一年を通してファンの心を揺さぶり続けたのが、1991年の競馬シーンでした。


データで紐解く91 年菊花賞と菊花賞の歴史

  • 菊花賞 いつ開催?伝統の菊花賞 距離とは
  • 菊花賞 過去10年と菊花賞 過去20年の優勝馬
  • 菊花賞 過去配当と気になる払い戻し金
  • 夢を掴んだ菊花賞 過去 最高配当レース
  • 驚異の菊花賞 レコードタイムの変遷
  • 色褪せない名勝負、91 年菊花賞の価値

菊花賞 いつ開催?伝統の菊花賞 距離とは

菊花賞は、競馬ファンにとって特別な意味を持つレースです。ここでは、その基本的な情報を確認しておきましょう。

菊花賞 いつ開催される?

菊花賞は、毎年10月の最終日曜日に開催されるのが通例です。皐月賞(4月)、日本ダービー(5月)と続くクラシック三冠レースの最終関門として、3歳馬たちの頂点を決める重要な一戦と位置づけられています。

伝統の菊花賞 距離

菊花賞が他のレースと一線を画す最大の理由は、その距離にあります。舞台となるのは京都競馬場・芝3000m。これは、JRAのG1レースの中でも、天皇賞(春)の3200mに次ぐ長距離です。

「最も強い馬が勝つ」と言われる所以

皐月賞は「最も速い馬が勝つ」、日本ダービーは「最も運のある馬が勝つ」と言われるのに対し、菊花賞は「最も強い馬が勝つ」と形容されます。3000mという長丁場は、スピードだけでは乗り切れません。スタミナ、精神力、そして騎手の巧みなペース配分といった、競走馬としての総合力が問われるため、ごまかしの効かない過酷なレースなのです。

この長距離設定が、数々のドラマを生み出してきました。スタミナ自慢の伏兵が波乱を巻き起こすこともあれば、圧倒的な強さを持つ馬がその能力を見せつけることもあります。菊花賞の3000mは、若駒たちが真の王へと成長するための試練の舞台と言えるでしょう。

菊花賞 過去10年と菊花賞 過去20年の優勝馬

ここでは、直近のレース傾向を知るための菊花賞 過去10年のデータと、さらに歴史を遡る菊花賞 過去20年の優勝馬を一覧表でご紹介します。時代の流れと共に、どのような馬が勝利してきたのかを確認してみましょう。

菊花賞 過去20年の優勝馬一覧 (2005年~2024年)

開催年優勝馬騎手人気タイム
2024年アーバンシック横山武史23:04.1
2023年ドゥレッツァC.ルメール13:03.1
2022年アスクビクターモア田辺裕信23:02.4
2021年タイトルホルダー横山武史13:04.6
2020年コントレイル福永祐一13:02.8
2019年ワールドプレミア武豊33:06.0
2018年フィエールマンC.ルメール53:06.1
2017年キセキM.デムーロ13:18.9
2016年サトノダイヤモンドC.ルメール13:03.3
2015年キタサンブラック北村宏司53:03.9
2014年トーホウジャッカル酒井学33:01.0
2013年エピファネイア福永祐一13:05.2
2012年ゴールドシップ内田博幸13:02.9
2011年オルフェーヴル池添謙一13:02.8
2010年ビッグウィーク川田将雅73:06.1
2009年スリーロールス浜中俊83:03.5
2008年オウケンブルースリ内田博幸23:05.7
2007年アサクサキングス四位洋文13:05.1
2006年ソングオブウインド武豊83:02.7
2005年ディープインパクト武豊13:04.6

近年の傾向

過去10年に絞って見ると、1番人気が5勝と高い信頼度を誇っています。一方で、2015年のキタサンブラック(5番人気)や2018年のフィエールマン(5番人気)など、中位人気の馬の活躍も見られます。三冠馬となったディープインパクト、オルフェーヴル、コントレイルは、いずれも1番人気に応えての勝利でした。

菊花賞 過去配当と気になる払い戻し金

レースの楽しみの一つに、馬券の配当があります。ここでは、菊花賞 過去配当の傾向と、具体的な払い戻し金について見ていきましょう。

前述の通り、菊花賞は「最も強い馬が勝つ」と言われるため、実力馬が順当に勝利するケースが多く、G1レースの中では比較的堅い配当が出やすい傾向にあります。特に単勝や複勝、馬連といった基本的な券種では、驚くような高配当はあまり期待できません。

確かに、過去20年で1番人気が9勝もしていますからね。軸馬選びは比較的しやすいレースと言えるかもしれません。

しかし、3着以内に伏兵が紛れ込むことは十分にあり得ます。特に2000年代に導入された3連複3連単といった券種では、ヒモ荒れによって思わぬ高配当が生まれる可能性を秘めています。3000mという特殊な距離が、時として番狂わせを演出するのです。

例えば、人気馬がスタミナを消耗して失速したり、逆に長距離を得意とする人気薄の馬が台頭したりすることで、馬券は大きく荒れることになります。次の項目では、実際に菊花賞で生まれた高額配当について詳しく見ていきましょう。

夢を掴んだ菊花賞 過去 最高配当レース

前述の通り、菊花賞は実力馬が力を発揮しやすい舞台であり、比較的堅い決着が多いG1レースです。しかし、歴史を紐解けば、万馬券ファンを熱狂させた大波乱のレースも確かに存在します。3000mという長距離は、時に常識を覆す番狂わせの温床となるのです。ここでは、菊花賞 過去 最高配当の記録、特に3連単の高額配当ランキングをご紹介し、その波乱の背景に迫ります。

菊花賞 3連単・高額配当ランキング TOP5

順位開催年払戻金1着馬(人気)2着馬(人気)3着馬(人気)
12009年1,466,790円スリーロールス (8)フォゲッタブル (1)イコピコ (10)
22010年540,640円ビッグウィーク (7)ローズキングダム (1)ビートブラック (13)
32006年332,620円ソングオブウインド (8)ドリームパスポート (1)アドマイヤメイン (4)
42018年211,820円フィエールマン (5)エタリオウ (2)ユーキャンスマイル (10)
52015年119,300円キタサンブラック (5)リアルスティール (2)リアファル (1)

なぜ生まれた?146万馬券 – 2009年菊花賞の舞台裏

菊花賞の3連単レコードは、2009年に記録された1,466,790円です。100円が約146万円に化けたこの歴史的な高配当は、一体どのようにして生まれたのでしょうか。その要因を分析すると、長距離戦ならではの面白さが見えてきます。

このレースは、8番人気のスリーロールスが勝利し、3着に10番人気のイコピコが激走。一方で、断然の1番人気に支持されていたフォゲッタブルは2着を確保しました。つまり、大本命が連対しているにも関わらず、記録的な高配当が生まれたという非常に興味深いケースなのです。

  • 勝者スリーロールスの血統背景:父は1996年の菊花賞馬ダンスインザダーク。まさに菊花賞を勝つために生まれてきたと言える血統背景を持っていました。前哨戦で敗れたことで人気を落としていましたが、長距離適性はメンバー屈指だったのです。
  • 波乱の立役者イコピコ:3着に入り配当を大きく押し上げたイコピコの父はステイゴールド。ステイゴールド産駒は、大舞台や長距離戦で人気薄でも激走することで知られており、まさに「血の力」が波乱を呼びました。
  • 展開の妙:レースは平均的なペースで流れましたが、最後の直線はスタミナと底力が問われる消耗戦となりました。こうした展開が、血統的に長距離適性の高かった伏兵2頭の台頭を後押ししたと考えられます。

1番人気が2着に来ているのに146万馬券なんて、夢がありますよね。3着に人気薄のステイヤー血統の馬を狙うのが、菊花賞の面白いところかもしれません。

ランキングに見る波乱の法則

ランキング上位のレースを分析すると、いくつかの共通点が見えてきます。

ランキング2位の2010年も、7番人気のビッグウィークが勝ち、13番人気のビートブラック(後の天皇賞・春の勝ち馬)が3着に食い込み、1番人気のローズキングダムが2着という結果でした。ここでも、人気薄のステイヤーが波乱を演出し、本命馬が2着に敗れるという構図が見られます。

このように、菊花賞で高配当を狙うには、単に人気馬を外すだけでなく、「どの人気薄の馬が3000mという距離で覚醒するのか」を見抜く眼力が重要になります。前哨戦の結果に惑わされず、血統的な背景や馬の潜在的なスタミナを評価することが、一攫千金の夢を掴む鍵となるのです。

驚異の菊花賞 レコードタイムの変遷

3000mという長丁場で争われる菊花賞では、レース展開や馬場状態によって勝ちタイムが大きく変動します。ここでは、歴史に名を刻んだ菊花賞 レコードタイムの変遷を見ていきましょう。

長らく菊花賞のレコードは、1998年にセイウンスカイが記録した3分03秒2でした。しかし、馬場造成技術の向上などにより、近年タイムの高速化が進んでいます。

菊花賞 歴代レコードタイム

タイム馬名達成年備考
3:01.0トーホウジャッカル2014年阪神開催時
3:02.4アスクビクターモア2022年阪神開催時
3:02.5タイトルホルダー2021年阪神開催時
3:02.7ソングオブウインド2006年京都開催時
3:02.8オルフェーヴル2011年京都開催時
3:02.8コントレイル2020年京都開催時

現在のレコードホルダーは?

京都競馬場の改修工事に伴い、2021年と2022年の菊花賞は阪神競馬場で行われました。コース形態が異なるため単純比較はできませんが、2014年にトーホウジャッカルが京都競馬場で記録した3分01秒0が現在もコースレコードとして残っています。阪神開催では、2022年にアスクビクターモアが記録した3分02秒4が最速タイムです。

特に2022年のレースは、タイトルホルダーが刻んだハイペースを2番手で追走したアスクビクターモアが、最後まで粘り抜いてレコードを更新するという非常にタフな内容でした。レース展開一つで、歴史的なタイムが生まれるのも、菊花賞の醍醐味と言えるでしょう。

色褪せない名勝負、91 年菊花賞の価値

  • 91年菊花賞は絶対的王者トウカイテイオーの骨折離脱という衝撃から始まった
  • 主役不在の中、レオダーバンが岡部幸雄騎手の好騎乗で世代の頂点に立った
  • レースは超スローペースとなり騎手の腕が勝敗を分ける展開だった
  • レオダーバンは日本ダービーでトウカイテイオーの2着であり雪辱を果たした
  • トウカイテイオーの不在がレースのドラマ性を高め歴史に刻まれる一戦となった
  • 前年の90年菊花賞は名ステイヤー、メジロマックイーン誕生のレースだった
  • 翌年の92年菊花賞はライスシャワーがミホノブルボンの三冠を阻止した
  • 91年は有馬記念も14番人気のダイユウサクが勝ち波乱の年を象徴した
  • 菊花賞は毎年10月下旬に京都競馬場の芝3000mで開催される
  • この距離はスタミナや精神力など競走馬の総合力が問われる過酷な舞台である
  • 過去20年のデータでは1番人気が9勝と比較的堅い傾向が見られる
  • 一方で3連単では100万馬券を超える高額配当の記録も存在する
  • 現在のレースレコードはトーホウジャッカルが2014年に記録した3分01秒0である
  • 91年のレースは競馬の厳しさと予測不能な面白さを教えてくれる
  • 多くのファンの記憶に残り続ける特別な一戦として語り継がれている
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