名馬 エクリプスについて検索されたあなたは、その圧倒的な強さや競馬史に与えた影響について、深く知りたいとお考えではないでしょうか。エクリプスは、単なる無敗の競走馬エクリプスとしてだけでなく、その血統が現代競馬の礎を築いた存在として知られています。有名な「唯一抜きん出て並ぶ者なし」、すなわち eclipse first, the rest nowhere という言葉、そしてエクリプスファーストという表現を聞いたことがあるかもしれません。この記事では、唯一抜きん出て並ぶ者なし 本当の意味を、当時のルールから紐解いていきます。
また、エクリプスの血統は三大始祖のダーレーアラビアン 子孫に遡りますが、他のバイアリーターク 子孫 日本やゴドルフィンバルブ 子孫 日本の系統が、現代でどうなっているのかも気になるところです。現代の競馬は、エクリプス 子孫たちによって席巻されており、特にエクリプス系 日本における影響力は絶大です。
この記事では、エクリプス系 特徴を解説しつつ、なぜこれほどの繁栄を築けたのか、そして逆にエクリプス系 滅亡の可能性は無いのかまで、専門的な視点から分かりやすく掘り下げていきます。
- エクリプスの競走馬としての圧倒的な強さ
- 「エクリプス1着、ほかはどこにもいない」の真実
- 三大始祖とエクリプスの血統的なつながり
- 現代日本競馬におけるエクリプス系子孫の支配力
圧倒的な記録を持つ名馬エクリプス
- 無敗伝説を誇る競走馬エクリプス
- 三大始祖に遡るエクリプスの血統
- ダーレーアラビアンの子孫としてのエクリプス
- エクリプスファーストという言葉の由来
- 唯一抜きん出て並ぶ者なし 本当の意味
- エクリプス系の特徴と強さの秘密

無敗伝説を誇る競走馬エクリプス
エクリプスは、サラブレッドの歴史において「完璧」という言葉を体現する、まさに伝説的な競走馬です。公式記録として残る戦績は18戦18勝。非公式のヒート(予選)や、当時盛んに行われていた個人間のマッチレースを含めると26戦全勝であったとも伝えられています。
彼の名は、1764年にイギリスで観測された大規模な金環日食の日に生まれたことに由来します。「Eclipse」という言葉自体が「(光を)覆い隠す、凌駕する」という意味を持ち、まさに彼のその後の競走生活を予言するような命名でした。
当時の競馬は、現代の2歳戦のような早期デビューではなく、馬が成熟してから長距離を走るレースが主流でした。エクリプスも同様に、競走馬としてのデビューは5歳(1769年)と比較的遅めでしたが、そこから彼の快進撃が始まります。
しかし、彼の強さは同時代においてあまりにも絶対的であり、すぐに深刻な「問題」を引き起こしました。18世紀のイギリス競馬は、貴族たちによる賭け事の側面が非常に強く、競走の「不確実性」こそが興行の核でした。ところが、エクリプスが登場すると、彼が勝つことが確実すぎて賭けが一切成立しなくなってしまったのです。
対戦を希望する馬主が現れず、公式なレースであっても相手が不在となる「単走(ウォークオーバー)」で勝利を収めることが常態化しました。記録に残る18勝のうち、実に8勝がこの単走であったとされています。結果として、彼は競走相手がいなくなり、商業的にも「競走馬」として成立し得なくなったため、わずか2シーズン(5歳時と6歳時)で引退を余儀なくされました。
機能が形態を凌駕した馬体
エクリプスは、その圧倒的な強さとは裏腹に、当時の美的基準では決して「美しい」馬とは見なされていませんでした。
彼は非常に気性が激しく、一度鞍(くら)を着けたら数日間そのままにせざるを得なかった、という逸話が残るほどの扱いにくい馬だったと伝えられています。
さらに、その走り方は「路上で小銭を探しているかのようだ」と揶揄(やゆ)されるほど、頭を低く下げた低い重心のフォームでした。しかし、この型破りなフォームこそが、生体力学的にスピードとスタミナを両立させる完璧な構造であったことが後世の研究で指摘されています。「最も速い馬が最も美しい馬である」という、現代にも通じる新たな価値観を生み出したのです。

三大始祖に遡るエクリプスの血統
現在、私たちが目にする「サラブレッド」という競走馬の品種は、その誕生の経緯が極めて特殊です。この品種は、18世紀初頭のイギリスで、貴族たちの競馬への情熱を背景に、ある種の「計画的」に生み出されました。
当時のイギリス在来の牝馬(繁殖用のメス馬)に、中東(アラブ、トルコ、北アフリカなど)から輸入された特定の種牡馬(繁殖用のオス馬)を交配させ、スピードとスタミナに特化した品種改良が行われたのです。
この品種改良の「基礎」となり、その後のサラブレッドの血統に決定的な影響を与えた3頭の種牡馬がいます。彼らは、その功績から「三大始祖(さんだいしそ)」と呼ばれています。
重要なのは、現代の全てのサラブレッドは、その「父系(サイアーライン)」、すなわち父親から息子、そのまた息子へとY染色体を通じて受け継がれる血統を辿っていくと、必ずこの3頭のうちのいずれか1頭にたどり着くという点です。
この3頭とは、ダーレーアラビアン、バイアリーターク、そしてゴドルフィンバルブ(またはゴドルフィンアラビアン)です。名馬エクリプスの血統は、このうちのダーレーアラビアンへと繋がっています。
18世紀の地政学が生んだ奇跡
興味深いことに、これら3頭がイギリスにもたらされた経緯は、当時の大英帝国の世界的影響力の拡大という歴史的背景と密接にリンクしています。
- ダーレーアラビアン: 貿易商(外交官)による商業活動(購入)
- バイアリーターク: オスマン帝国との軍事衝突(戦闘での捕獲)
- ゴドルフィンバルブ: 北アフリカ・フランス王室間の外交(贈り物)
サラブレッドという品種の確立は、科学的な事業というよりも、当時の地政学的な状況が生んだ「偶然の産物」であったとも言えるのです。
三大始祖の比較
| 項目 | ダーレーアラビアン | バイアリーターク | ゴドルフィンバルブ |
|---|---|---|---|
| 推定生年 | 1700年頃 | 1680年頃 | 1724年頃 |
| 出自 | シリア | オスマン帝国(トルコ) | イエメン/チュニジア |
| 英国への経緯 | 貿易商が購入 | 戦闘で捕獲(軍馬) | フランス経由の外交的贈物 |
| 主要な後継 | エクリプス | ヘロド | マッチェム |

ダーレーアラビアンの子孫としてのエクリプス
前述の通り、名馬エクリプスは、三大始祖のうちダーレーアラビアンの直系子孫にあたります。
ダーレーアラビアンは1700年頃にシリアで生まれたとされ、1704年に英国の貿易商であり外交官でもあったトーマス・ダーレーによってイギリスへ輸入されました。一説によれば、この入手は穏やかなものではなく、現地での取引が不調に終わった後、半ば力ずくで英国へ送られた可能性も示唆されています。
イギリスに渡ったダーレーアラビアンは、彼自身が競走馬としてレースに出走することはありませんでした。彼はヨークシャーで種牡馬として供用され、その優れた遺伝子を後世に伝える役割を担います。
彼が輩出した産駒の中で、エクリプスへと続く血脈を決定づけたのが、無敗の名馬フライングチルダースの全弟にあたるバートレットチルダースでした。エクリプスへの血統は、以下のようにつながっていきます。
エクリプスへの父系
ダーレーアラビアン ↓ バートレットチルダース(ダーレーアラビアンの息子) ↓ スクワート(バートレットチルダースの息子) ↓ マースク(スクワートの息子) ↓ エクリプス(マースクの息子)
そして、このエクリプスの誕生から約250年が経過した現代において、サラブレッドの歴史における最大の「奇跡」あるいは「偏り」が発生しています。
それは、現在、世界中に存在するサラブレッドの父系(サイアーライン)の実に95%以上が、このダーレーアラビアンからエクリプスへと続く、たった一つの系統によって独占されているという事実です。
三大始祖という三つの源流から始まったサラブレッドの父系は、今やそのほとんどがエクリプス系に収斂(しゅうれん)してしまいました。これは、バイアリータークやゴドルフィンバルブから続く父系が、レースでの競争に敗れ、ほぼ絶滅寸前の状態にあることを意味しています。この記事の核心は、まさにこの「遺伝的征服」の物語にあります。

エクリプスファーストという言葉の由来
「エクリプスファースト」とは、エクリプスの圧倒的な強さを象徴する有名な格言、「Eclipse first, the rest nowhere」(エクリプス1着、ほかはどこにもいない)というフレーズそのものや、その言葉に象徴されるエクリプスの絶対的な支配力を指す言葉です。
この言葉は、エクリプスの衝撃的なデビュー戦で生まれたと伝えられています。
1769年5月、エプソム競馬場で行われたレースがエクリプスの初出走でした。当時のレースは複数回走る「ヒート制」が主流で、エクリプスは第1ヒートをいとも簡単に圧勝します。それを見たプロのギャンブラーであり、後にエクリプスの共同所有者となるデニス・オケリー大佐が、第2ヒートの全馬の着順を予言する賭けを申し出ました。
その予言こそが、「Eclipse first, the rest nowhere」だったのです。

唯一抜きん出て並ぶ者なし 本当の意味
この「Eclipse first, the rest nowhere」という言葉は、日本では「唯一抜きん出て並ぶ者なし」や「エクリプス1着、ほかはどこにも見えない」などと訳されてきました。これは、エクリプスが速すぎて、他の馬が視界から消えてしまうほどの圧勝劇を詩的に表現したものだと、一般に解釈されています。
しかし、この言葉の本当の意味は、もっと技術的で、当時の競馬ルールに基づいたものでした。
当時の競馬には、「ディスタンスド(distanced)」という厳格なルールが存在しました。これは、レースにおいて、優勝馬から240ヤード(約220メートル)以上遅れてゴールした馬は「失格」とみなされ、公式記録上「着順なし(nowhere)」として扱われる、というルールです。
つまり、オケリー大佐の予言は、「エクリプスが第2ヒートで勝利し、かつ、他の全ての馬を220メートル以上引き離して失格にする」という、極めて大胆かつ技術的な賭けだったのです。
そして驚くべきことに、エクリプスはデビュー戦の第2ヒートで、この予言を文字通り実行しました。この衝撃的な出来事が、この格言が不朽の伝説となった理由です。

エクリプス系の特徴と強さの秘密
エクリプス系がこれほどまでに世界の競馬を席巻し、現代に至るまで繁栄を続けている最大の理由は、エクリプス自身の競走能力の高さ以上に、その子孫たちが示した「優れた遺伝的適応性」と「圧倒的な多様性」にあります。
競馬の歴史は、ルールの変化と求められる能力の変遷の歴史でもあります。エクリプスが生きていた18世紀の競馬は、4マイル(約6400m)もの長距離を何度も走る「ヒート制」が主流で、何よりもスタミナとタフさが求められました。
しかし時代が進むにつれ、競馬はよりスピーディーな「短距離〜中距離」のレースが主流となり、産業としても発展していきます。この大きな変化こそが、三大始祖の血統の明暗を分けました。
ライバル系統はなぜ衰退したのか?
エクリプスの死後、19世紀初頭までは、バイアリータークの子孫である「ヘロド系」がむしろ優勢な時期が続きました。ヘロド系は、長距離でのスタミナや馬力に優れる馬が多かったとされています。
ところが、競馬の主流がスピード重視へと移行するにつれ、ヘロド系はその変化に対応できる有力な後継種牡馬を安定して輩出できなくなり、徐々に勢力を失っていきました。ゴドルフィンバルブの子孫である「マッチェム系」も同様に、エクリプス系が生み出すスピードと多様性の波に飲み込まれてしまいます。
一方で、エクリプス系が他を圧倒できたのは、一つの能力に特化せず、時代時代のニーズに合わせた様々なタイプのチャンピオンを生み出し続けた「多様性」にあります。
例えば、19世紀後半にはエクリプス系から「セントサイモン」という歴史的な大種牡馬が登場し、その圧倒的な競走能力と遺伝力でヨーロッパの競馬界を席巻しました。
さらに20世紀に入ると、同じエクリプス系でも全く異なる分枝から、現代のスピード競馬の血統図を決定づけた「ファラリス」という種牡馬が登場します。現代のサラブレッドの多くが、このファラリスを経由したエクリプス系の子孫です。
このように、一つの分枝が時代の変化で行き詰まったとしても、必ず別の分枝が新たなトレンド(例えばスピード、仕上がりの早さ、特定の馬場適性など)を捉えて爆発的に広がる、という「層の厚さ」こそがエクリプス系の最大の強みでした。まさに血統の「進化のレース」に勝利し続けた結果と言えます。
加えて、エクリプス系は競馬が産業化する過程で重要視された「仕上がりの早さ」、つまり2歳などの早い時期からデビューして活躍できる能力にも優れていました。これは、競走馬を生産・所有する上で経済的なメリットが大きく、生産者から選ばれやすいという好循環を生み出した側面もあります。
「勝負根性」という両刃の剣
一方で、エクリプス自身が極めて気性が激しかったことは有名です。この激しい気性は、エクリプス系の特徴の一つとして現代にも色濃く受け継がれています。
もちろん、これは単に「扱いづらい」というデメリットだけを意味するものではありません。むしろ、レースの最終局面における極限状態での「闘争心」や「勝負根性」の源泉となり、勝利への最後のひと押しを支える強力な武器として機能してきたのです。
現代競馬を創った名馬エクリプスの血統
- 日本競馬を席巻したエクリプス系
- 日本で途絶えたバイアリータークの子孫
- 日本におけるゴドルフィンバルブの子孫
- 繁栄するエクリプス系に滅亡の危機は?
- 今に伝わる伝説の名馬エクリプスの功績

日本競馬を席巻したエクリプス系
現代の日本競馬は、エクリプス系によって完全に支配されていると言っても過言ではありません。しかし、この状況は、1990年に輸入された一頭の種牡馬、サンデーサイレンスの登場によって、わずか10年ほどで引き起こされた「血統革命」でした。
サンデーサイレンスは、アメリカでケンタッキーダービーやプリークネスSを制するなど、輝かしい競走成績を収めました。しかし、アメリカの競馬はダート(砂)コースが主流であり、生産者たちはより筋肉質でパワフルな馬体を好む傾向がありました。サンデーサイレンスは、その血統背景(父Halo)や馬体から、種牡馬としてのアメリカ国内での評価が驚くほど低かったのです。
この状況に目を付けたのが、日本の社台スタリオンステーションでした。父系を遡れば、前述の通りエクリプス系の最も成功した分枝(ファラリス系)へとたどり着くこの馬に、日本の生産界は大きな賭けに出ます。当時としては高額な契約で彼を日本へ導入したのです。
日本で種牡馬入りしたサンデーサイレンスの成功は、即時かつ絶対的なものでした。これは、日本の競馬環境と、当時の日本の繁殖牝馬の血統背景が、彼に完璧に合致していたためです。
サンデーサイレンスが日本で成功した理由
- 芝コースへの驚異的な適性: アメリカのダートとは異なり、日本の競馬はスピードの持続力が求められる「軽い芝」が主流です。サンデーサイレンス産駒は、父から受け継いだ瞬発力(一瞬の加速力)と、日本の芝に対応できるスピードを見事に発揮しました。
- 完璧なアウトクロス(異系交配): 当時の日本競馬は、「ノーザンテースト」や「リアルシャダイ」といった血統が主流でした。そこに、遺伝的に全く異なる系統であったサンデーサイレンスが持ち込まれたことで、いわゆる「ニックス(相性の良い配合)」が爆発的に発生し、優秀な産駒が次々と誕生したのです。
- 気性(勝負根性): 前述のエクリプス系が持つ特徴でもある激しい気性、すなわち「勝負根性」は、サンデーサイレンス産駒にも強く受け継がれました。これが日本の厳しいG1レースでの勝負強さにつながったと考えられています。
結果として、サンデーサイレンスは初年度産駒からG1馬を輩出すると、そこから13年連続で日本のリーディングサイアー(首位種牡馬)に輝くという前人未踏の記録を打ち立てます。その息子であるディープインパクトは、父を超えるとも言われるほどの成功を収め、この血統の支配を決定的なものにしました。さらに孫の代にあたるイクイノックスや、同じく子孫のキタサンブラックなど、過去30年間の日本競馬のスターホースのほぼすべてが、彼の子孫、すなわちエクリプス系です。
「ミスタープロスペクター系」というもう一つの柱
では、日本はサンデーサイレンス系一色なのでしょうか。実は、現代の日本競馬は「サンデーサイレンス系 VS 他の血統」という構図ではありません。むしろ、「エクリプス系(サンデーサイレンS系) VS エクリプス系(ミスタープロスペクター系)」という、いわば”内戦”状態にあるのです。
サンデーサイレンス系以外で日本で大きな成功を収めているのが、「キングカメハメハ」やその子孫(ロードカナロアなど)に代表されるミスタープロスペクター系です。この系統も、父系をたどればエクリプスに行き着く、同じエクリプス系の「分家」にあたります。
前述の「血の飽和」問題を解決するため、生産界ではサンデーサイレンスの血を持つ繁殖牝馬に、このミスタープロスペクター系の種牡馬を配合するという流れが主流になりました。まさに、現代の日本競馬は、エクリプスという巨大な帝国内の、異なる分枝同士が競い合い、また補完し合うことで成り立っているのです。

日本で途絶えたバイアリータークの子孫
一方で、三大始祖の一角であるバイアリータークの父系(サイアーライン)は、世界的に衰退し、日本でもほぼ途絶えてしまいました。
バイアリータークの血を引く系統は「ヘロド系」と呼ばれ、かつてはエクリプス系と覇権を争うほどの勢力を誇りました。日本競馬においても、1970年代から80年代にかけて、ヘロド系の種牡馬パーソロンが大成功を収めます。
パーソロンは、日本競馬史上初となる無敗のクラシック三冠を達成した「皇帝」シンボリルドルフや、不屈のステイヤーとして活躍したメジロマックイーンの祖父(父メジロティターン)を輩出し、一時代を築きました。
しかし、これほどの歴史的名馬を輩出しながらも、シンボリルドルフやメジロマックイーンの後継種牡馬たちが期待されたほどの成功を収められませんでした。結果として、サンデーサイレンスに代表されるエクリプス系の圧倒的な波に飲み込まれ、日本のターフからその父系は姿を消しつつあります。

日本におけるゴドルフィンバルブの子孫
三大始祖の最後の一頭、ゴドルフィンバルブ(ゴドルフィンアラビアン)の父系もまた、バイアリーターク系と同様の運命を辿りました。
ゴドルフィンバルブから続く父系は「マッチェム系」と呼ばれ、18世紀にはヘロド系、エクリプス系と並び立つ三大勢力の一つでした。しかし、その後はエクリプス系との競走で徐々に勢力を失い、現代競馬のスピード化に対応できる有力な後継種牡馬を残すことができませんでした。
その結果、マッチェム系の父系を持つサラブレッドは世界的に見ても極めて稀な存在となり、日本競馬においては父系としては実質的に存在しない状況です。
母系に残る遺伝子
ただし、ここで注意が必要なのは、これはあくまで「父系(サイアーライン)」、つまり父親から息子へとY染色体を通じて受け継がれる系統の話であるという点です。
父系としては途絶えても、母系(母親の血統)を通じて、バイアリータークやゴドルフィンバルブの遺伝子は現代のサラブレッドにも広く受け継がれています。特にゴドルフィンバルブについては、サラブレッド全体の遺伝子プールに占める貢献度は、ダーレーアラビアンをも上回るという学術的な分析もあるほどです。

繁栄するエクリプス系に滅亡の危機は?
これほどまでに大繁栄を遂げたエクリプス系ですが、皮肉なことですが、その圧倒的な一極集中こそが、将来的な「滅亡」や「衰退」のリスクをはらんでいると指摘されています。これは、生物の種が存続する上で不可欠な「遺伝的多様性」が失われつつあることを意味します。
競馬の世界では、強い馬を作るために、優秀な成績を残した特定の血統(サイアーライン)に人気が集中します。生産者は、成功した血統同士を意図的に掛け合わせることで、その優れた能力を固定化しようと試みます。これが「近親交配(インブリード)」と呼ばれる手法です。
もちろん、近親交配は優秀な遺伝子を凝縮させ、爆発的な競走能力を持つ馬を生み出す「奇跡の配合(ニックス)」の源泉となるメリットがあります。しかし、その一方で、望ましくない遺伝的な弱さまでも同時に凝縮・表面化させてしまう、「インブリーディング・デプレッション(近交弱勢)」という深刻なデメリットを併せ持つのです。
近親交配がもたらす具体的なリスク
遺伝的多様性が失われると、具体的に以下のような問題が発生しやすくなると言われています。
- 受胎率の低下: 繁殖牝馬(母親)が妊娠しにくくなったり、流産や死産が増加したりする、生産効率の根本的な悪化。
- 体質の虚弱化: 骨がもろく骨折しやすくなる、呼吸器系や消化器系が弱くなるなど、競走馬としての根幹をなす頑健さの欠如。
- 疾病への抵抗力低下: 遺伝的な均一化が進むと、特定のウイルスや病気に対して集団全体が脆弱になり、一大感染症で壊滅的な打撃を受けるリスク。
この「血の飽和」問題が、世界で最も顕著に表れているのが、まさに日本競馬です。前述の通り、1990年代以降、輸入種牡馬サンデーサイレンスが日本の競馬界を席巻しました。その結果、ディープインパクトを筆頭とする彼の子孫たちが大成功を収めすぎたため、現在、日本の優秀な繁殖牝馬のほとんどが、その血統表の中にサンデーサイレンスの名を持つという事態に至っています。
こうなると、生産者は深刻なジレンマに直面します。サンデーサイレンスの血を持つ優秀な牝馬に、どの種牡馬を配合すればよいのでしょうか? もし、同じくサンデーサイレンスの血を濃く持つ種牡馬を配合すれば、前述のリスクが高い「危険な近親交配」になってしまいます。これが、血が飽和し、配合の選択肢が狭まる「血の行き詰まり」と呼ばれる状態です。
この問題を解決するため、日本の生産界では、意図的に「血を遠ざける」努力が続けられています。その主な対策は二つあります。
一つは、サンデーサイレンスの血を全く持たない、あるいは非常に遠い「アウトクロス(異系交配)」用の種牡馬を、欧州や米国など海外から積極的に導入することです。これにより、遺伝的な多様性を外部から補給し、血統のリフレッシュを図ります。
もう一つの重要な対策が、同じエクリプス系でも、異なる分枝(ぶんし)の血統を活用することです。例えば、日本でサンデーサイレンス系(エクリプス→ファラリス系)と並んで成功している「ミスタープロスペクター系」(キングカメハメハなど)も、元をたどればエクリプスに行き着きます。しかし、両者は何世代も前に分岐しており、遺伝的には十分に離れています。これらを掛け合わせることは、近親交配のリスクを避けつつ、エクリプス系が持つ優秀な遺伝子を維持・発展させる有効な手段となります。
このように、エクリプス系が築き上げた巨大な遺伝的帝国を維持するためには、もはや他の系統(ヘロド系など)との競争ではなく、エクリプス系という「種」の内部で、いかにして多様性を確保し、近親交配の弊害を管理していくかという、新たな段階の挑戦が始まっているのです。

今に伝わる伝説の名馬エクリプスの功績
名馬エクリプスに関する情報を、最後に箇条書きでまとめます。
- エクリプスは18世紀のイギリスで活躍した競走馬
- 18戦18勝(異説あり)の無敗記録を持つ
- あまりの強さに対戦相手がいなくなり引退した
- 「Eclipse first, the rest nowhere」という格言で有名
- この格言は当時の「ディスタンスド」ルールに由来する
- ディスタンスドとは首位から約220m差で失格になるルール
- エクリプスは実際に全馬を失格にしたことがある
- サラブレッドの父系は三大始祖に遡る
- ダーレーアラビアン、バイアリーターク、ゴドルフィンバルブが始祖
- エクリプスはダーレーアラビアンの直系子孫
- 現代のサラブレッドの父系の95%以上がエクリプス系
- バイアリーターク系(ヘロド系)はシンボリルドルフなどを出したが衰退
- ゴドルフィンバルブ系(マッチェム系)も父系としてはほぼ途絶えた
- 日本競馬はエクリプス系のサンデーサイレンスによって席巻された
- エクリプス系の一極集中による血の飽和が課題となっている
