世界最高峰のレースとして知られる凱旋門賞。その過去の傾向について、詳しく知りたいと考えている方も多いのではないでしょうか。凱旋門賞の過去10年のデータから読み解く優勝馬の条件や、高額配当も飛び出す過去の払い戻し事情は、馬券検討において非常に重要です。そして何より、私たちの夢を乗せて走った過去の日本馬たちの挑戦の歴史は、多くの競馬ファンの心を揺さぶってきました。歴代の日本馬の成績、特に気になる日本馬の最高順位はどうだったのでしょうか。競馬史に燦然と輝くディープインパクトの凱旋門賞での伝説的な走りとその結末、そしてオルフェーヴルのあと一歩だった激走は、今もなお語り草になっています。これまでに凱旋門賞の優勝馬として日本馬が名を連ねたことはあるのか、そして日本馬が1着の栄光を掴む日は訪れるのか。この記事では、こうした凱旋門賞と日本馬に関する過去の情報を網羅し、データに基づいた傾向を徹底分析しながら、凱旋門賞 2025の展望まで詳しく解説していきます。
- 凱旋門賞の過去10年のレース傾向とデータ
- 日本馬による凱旋門賞挑戦の全歴史と成績
- ディープインパクトやオルフェーヴルなど伝説の挑戦
- 2025年凱旋門賞の展望と日本馬の可能性
データで分析する凱旋門賞の過去の傾向
- 凱旋門賞の過去10年の優勝馬と結果
- 凱旋門賞の過去の払い戻しから見る波乱
- 記憶に残るディープインパクトの凱旋門賞
- あと一歩に迫った凱旋門賞のオルフェーヴル

凱旋門賞の過去10年の優勝馬と結果
凱旋門賞のレース傾向を掴み、勝利に近づく馬を見つけ出す上で、過去の勝者を多角的に分析することは不可欠です。ただ単に勝ち馬の名前を追うだけでなく、「どのような特徴を持つ馬が勝っているのか」を深く掘り下げることで、本質的な傾向が見えてきます。結論から申し上げますと、近年の凱旋門賞は、「斤量」「前哨戦」「血統」という3つの重要なキーワードを軸に分析することで、その姿がより鮮明になります。
まず最も分かりやすい傾向として、若い3歳馬や牝馬の活躍が挙げられます。これは、凱旋門賞が採用している「馬齢重量(ばれいじゅうりょう)」というルールが大きく関係しています。経験豊富な古馬(4歳以上の馬)に比べ、成長途上の3歳馬や、牡馬に比べて体格で劣る牝馬は、背負う斤量(騎手と鞍の合計重量)が軽く設定されているのです。スタミナを極限まで要求される2400mの消耗戦において、この数キログラムの差は、ゴール前の最後のひと伸びに絶大な影響を与えます。歴史的名牝エネイブルやトレヴが連覇を成し遂げた背景には、彼女たちの圧倒的な能力に加え、この斤量の恩恵があったことも見逃せない事実です。
それでは、これらの要素を踏まえ、過去10年の優勝馬がどのようなプロフィールを持っていたのか、より詳細なデータと共に見ていきましょう。
過去10年(2015年~2024年)凱旋門賞 優勝馬の詳細データ
| 開催年 | 優勝馬 | 性齢 | 父馬 | 主要前哨戦(着順) | 当日人気 |
|---|---|---|---|---|---|
| 2024年 | ブルーム | 牡4 | Sea The Stars | フォワ賞(1着) | 3番人気 |
| 2023年 | エースインパクト | 牡3 | Cracksman | ギヨームドルナーノ賞(1着) | 3番人気 |
| 2022年 | アルピニスタ | 牝5 | Frankel | ヨークシャーオークス(1着) | 1番人気 |
| 2021年 | トルカータータッソ | 牡4 | Adlerflug | バーデン大賞(1着) | 6番人気 |
| 2020年 | ソットサス | 牡4 | Siyouni | 愛チャンピオンS(4着) | 1番人気 |
| 2019年 | ヴァルトガイスト | 牡5 | Galileo | フォワ賞(1着) | 3番人気 |
| 2018年 | エネイブル | 牝4 | Nathaniel | セプテンバーS(1着) | 1番人気 |
| 2017年 | エネイブル | 牝3 | Nathaniel | ヨークシャーオークス(1着) | 1番人気 |
| 2016年 | ファウンド | 牝4 | Galileo | 愛チャンピオンS(2着) | 4番人気 |
| 2015年 | ゴールデンホーン | 牡3 | Cape Cross | 愛チャンピオンS(1着) | 1番人気 |
この詳細なデータからは、さらに深い傾向を読み取ることができます。
① 王道ステップレースの存在
凱旋門賞を勝利した馬の多くは、本番の約1ヶ月前に行われる重要な前哨戦を経由していることが分かります。特に注目すべきは以下のレースです。
- フォワ賞(G2): 凱旋門賞と同じ舞台(パリロンシャン2400m)で行われる古馬の重要なステップレース。ヴァルトガイストやブルームがこのレースを制して本番に臨みました。
- アイルランドチャンピオンステークス(G1): 近年、最も凱旋門賞に繋がるレースとして重要度を増しています。アイルランドのタフな馬場で行われるため、ここで好走できるスタミナがあれば、本番でも期待が持てます。
- ヨークシャーオークス(G1): エネイブルやアルピニスタが勝利したように、ヨーロッパの有力牝馬がここをステップにすることが多いです。
これらの前哨戦でどのような走りを見せたかは、各馬の調子や適性を判断する上で非常に価値のある情報となります。
② 凱旋門賞を支配する「血」の力
表の「父馬」の欄に注目すると、特定の血統が近年の凱旋門賞で圧倒的な強さを見せていることが明らかになります。その中心にいるのが、歴史的大種牡馬「ガリレオ(Galileo)」です。
なぜガリレオ産駒は強いのか?
ガリレオ自身、現役時代にイギリスダービーやアイルランドダービーを制した名馬であり、その父は20世紀を代表する大種牡馬サドラーズウェルズです。この血統は、ヨーロッパの重厚な芝で要求される豊富なスタミナと、激しいレース展開にも負けない精神的な強さを産駒に伝える傾向があります。ファウンドやヴァルトガイストといった直仔だけでなく、アルピニスタの父フランケルもガリレオ産駒であり、その影響力は絶大です。
このように、過去のデータを詳細に分析すると、凱旋門賞で好走する馬には明確な共通点が存在します。斤量に恵まれた3歳馬や牝馬であることに加え、「王道の前哨戦で好走しているか」「ヨーロッパの主流血統、特にガリレオの血を引いているか」という視点を持つことで、より的確にレースの傾向を掴むことができるでしょう。

凱旋門賞の過去の払い戻しから見る波乱
凱旋門賞は世界最高峰のレースであり、各国の強豪が集結するため、基本的には上位人気馬が実力を発揮する傾向にあります。しかし、時には競馬ファンの予想を覆すような大波乱が起こるのも、このレースの魅力の一つです。その主な理由は、レース当日の馬場状態、特にヨーロッパ特有の「重馬場」にあります。日本の軽く走りやすい芝とは対照的に、雨を含んで重くなった芝は、馬のスタミナとパワーを極限まで奪います。そのため、スピード自慢の人気馬が沈み、重馬場を得意とする伏兵が台頭する余地が生まれるのです。
その最も象徴的な例が、2021年のトルカータータッソの勝利でしょう。ドイツから参戦したこの馬は、当時13番人気という低評価でした。しかし、当日の極悪馬場をものともせず、力強い走りで各国の強豪を打ち破り、単勝72.5倍(フランスのオッズ)という高配当をもたらしました。このように、凱旋門賞は実力通りに決まりやすい一方で、馬場状態ひとつで大波乱が起こり得る、非常に奥深いレースなのです。
近年の単勝払い戻しに見る波乱度
過去のレースの単勝払い戻し(JRA発売分)を見ると、波乱の傾向がより分かりやすくなります。
- 2023年:エースインパクト(3番人気) 510円
- 2022年:アルピニスタ(1番人気) 360円
- 2021年:トルカータータッソ(6番人気) 2,290円
- 2020年:ソットサス(1番人気) 470円
- 2019年:ヴァルトガイスト(3番人気) 1,020円
やはり2021年のトルカータータッソの年が突出して高い配当となっています。馬場が渋った際には、人気薄の馬にも注意が必要と言えます。

記憶に残るディープインパクトの凱旋門賞
2006年、日本競馬史上最強との呼び声も高かったディープインパクトが凱旋門賞に挑戦しました。これは、日本中の競馬ファンが「今年こそ勝てる」と固唾をのんで見守った、歴史的なレースです。結論から言えば、この挑戦は3位入線後に失格という、ほろ苦い結果に終わりました。
当時のディープインパクトは、無敗で三冠を達成するなど、国内に敵なしの状態でした。その圧倒的な強さから、現地フランスでも堂々の1番人気に支持され、日本からの期待は最高潮に達します。レースでは、直線で一度は先頭に立つかという見せ場を作ったものの、思ったように末脚が伸びず、レイルリンクとプライドに交わされて3着でゴール。多くのファンは世界の壁の厚さを痛感しましたが、それでも3着という結果に一定の評価を与えました。
しかし、衝撃的なニュースが飛び込んできたのはレース後のことです。ディープインパクトの体内から、禁止薬物である「イプラトロピウム」が検出されたのです。これは気管支拡張剤として使われる薬物で、治療目的で使用されたものが体内に残留していたと陣営は説明しましたが、裁定は覆らず、結果は「失格」となりました。
あの日の期待感と、失格が発表された時の喪失感は、今でも忘れられません。レースのVTRを見返すたびに、「もし薬物問題がなかったら」「もし馬場が良ければ」と考えてしまいます。ですが、この悔しい経験が、後の日本馬の挑戦に繋がっていることもまた事実です。
最強馬が世界の頂点に挑み、そして夢破れたこの一戦は、凱旋門賞というレースの難しさと、日本競馬界の悲願の重さを、改めてファンに突きつける出来事として、今なお多くの人々の記憶に深く刻まれています。

あと一歩に迫った凱旋門賞のオルフェーヴル
ディープインパクトの挑戦から数年後、日本競馬界の夢を再びその背に負ったのが、オルフェーヴルです。この馬は、2012年と2013年に2年連続で凱旋門賞に挑戦し、いずれも2着という、最も凱旋門賞制覇に近づいた馬として語り継がれています。
2012年:勝利目前の悲劇
特に衝撃的だったのが、最初の挑戦となった2012年のレースです。道悪馬場をものともせず、直線で後続を突き放したオルフェーヴル。誰もが勝利を確信し、実況アナウンサーも「日本の悲願達成!」と叫びかけました。しかし、ゴール直前で急に内に斜行して失速。その隙を突かれ、大外から追い込んできたソレミアにクビ差で交わされてしまったのです。あと数メートルのところで掴みかけた栄光が、指の間からすり抜けていくような、あまりにも悔しい敗戦でした。
2013年:女傑との力勝負
翌2013年、雪辱を期して再び凱旋門賞に挑んだオルフェーヴル。この年は鞍上をクリストフ・スミヨン騎手に託し、万全の態勢で臨みました。しかし、彼の前に立ちはだかったのが、その年のヨーロッパ最強3歳牝馬と謳われたトレヴです。直線でオルフェーヴルは力強く抜け出しましたが、斤量の軽いトレヴがそれを上回る末脚で襲いかかり、5馬身もの差をつけられて完敗。相手の強さを認めざるを得ない、力負けの2着でした。
「2着」が意味するもの
オルフェーヴルの2年連続2着という結果は、日本馬が凱旋門賞を勝てる能力を十分に持っていることを世界に示しました。しかし同時に、最後の最後で勝利を掴み取ることの難しさ、展開や相手関係といった「運」も味方に付けなければならないという、凱旋門賞の厳しさを改めて教えてくれた挑戦でもありました。
その圧倒的な強さと、どこか危うさを併せ持った走りは、日本のファンだけでなくヨーロッパの競馬ファンをも魅了しました。勝利には届かなかったものの、彼の挑戦は凱旋門賞の歴史に燦然と輝く一ページとして記憶されています。
日本馬の挑戦から探る凱旋門賞の過去の傾向
- 凱旋門賞に挑んだ歴代日本馬の成績
- 凱旋門賞における過去の日本馬の挑戦
- 凱旋門賞における日本馬の最高順位
- これまでに凱旋門賞で優勝した日本馬は
- 凱旋門賞で日本馬が1着になるための条件
- 凱旋門賞2025年に期待される日本馬

凱旋門賞に挑んだ歴代日本馬の成績
凱旋門賞制覇という大きな夢を追いかけ、これまで数多くの日本の名馬たちが海を渡ってきました。その挑戦の歴史は、決して平坦なものではなく、数々のドラマを生んでいます。結論として、幾多の挑戦にもかかわらず、いまだ日本馬の勝利はありませんが、その足跡は着実に世界の頂点へと近づいています。
日本馬の挑戦は、1969年のスピードシンボリから始まりました。当時は海外遠征自体が非常に困難な時代であり、この挑戦がいかに画期的なものであったかが窺えます。その後、シリウスシンボリやトニービンといった馬たちが続きましたが、長らく世界の壁は厚く、掲示板に載ることさえ難しい状況でした。
風向きが変わったのは1999年。長期のフランス滞在で現地の競馬に適応したエルコンドルパサーが、ヨーロッパ最強馬モンジューと歴史に残る死闘を演じ、ハナ差の2着に好走。この走りが、日本馬も凱旋門賞で通用するという大きな自信を関係者とファンに与えました。以降、ディープインパクトやオルフェーヴル、近年ではスルーセブンシーズなど、多くの馬が掲示板に載る活躍を見せています。
凱旋門賞に挑戦した主な日本馬の成績
| 開催年 | 馬名 | 着順 | 騎手 |
|---|---|---|---|
| 2023年 | スルーセブンシーズ | 4着 | C.ルメール |
| 2022年 | タイトルホルダー | 11着 | 横山和生 |
| 2021年 | クロノジェネシス | 7着 | O.マーフィー |
| 2019年 | フィエールマン | 12着 | C.ルメール |
| 2014年 | ハープスター | 6着 | 川田将雅 |
| 2013年 | オルフェーヴル | 2着 | C.スミヨン |
| 2012年 | オルフェーヴル | 2着 | C.スミヨン |
| 2010年 | ナカヤマフェスタ | 2着 | 蛯名正義 |
| 2006年 | ディープインパクト | 失格(3位入線) | 武豊 |
| 1999年 | エルコンドルパサー | 2着 | 蛯名正義 |
| 1969年 | スピードシンボリ | 着外 | 野平祐二 |
※上記は一部の挑戦馬です。他にも多数の日本馬が挑戦しています。
このように、挑戦の歴史は敗北の歴史でもありますが、その中には確かな進歩が見られます。いつの日か、この表の「着順」の欄に「1着」という文字が刻まれることを、すべてのファンが願っています。

凱旋門賞における過去の日本馬の挑戦
前述の通り、多くの日本馬が凱旋門賞に挑戦してきましたが、そもそも「なぜ日本のホースマンはこれほどまでに凱旋門賞にこだわるのか」という点に触れておきましょう。結論から言えば、凱旋門賞制覇は、単なる一競走の勝利ではなく、日本競馬界全体の悲願であり、生産界の大きな目標だからです。
その理由は、凱旋門賞が持つ歴史と権威にあります。このレースは「世界一のホースマンの称号」が与えられると言っても過言ではなく、ここで勝利することは、日本の馬の生産レベル、育成技術、そして競走能力が世界トップクラスであることを証明する何よりの証となります。つまり、凱旋門賞を勝つことは、日本の生産馬の価値を国際的に高め、日本の競馬が世界に認められるための最も重要なステップなのです。
特に、日本の近代競馬の礎を築いた大種牡馬サンデーサイレンスの血を引く馬たちが、凱旋門賞を勝てていないという事実が、関係者の挑戦意欲をさらに掻き立てています。日本の馬場に最適化されたスピード血統が、ヨーロッパのタフな馬場でどこまで通用するのか。これは、日本の生産界にとっての大きな挑戦状でもあるのです。
スピードシンボリの挑戦が、暗闇の中に灯した小さな光だったとすれば、エルコンドルパサーの激走は、その光を確かな道筋へと変えました。そして、ディープインパクトやオルフェーヴルが、その道をさらに太く、広くしました。過去の日本馬の挑戦は、単なる個々の挑戦ではなく、次の世代へと夢を繋ぐ、壮大なリレーのようなものなのです。

凱旋門賞における日本馬の最高順位
凱旋門賞における日本馬のこれまでの挑戦で、最も輝かしい成績は何か。その問いに対する答えは、「2着」です。この最高順位は、これまでに合計4回記録されています。
日本馬の凱旋門賞「2着」の記録
- 1999年:エルコンドルパサー
- 2010年:ナカヤマフェスタ
- 2012年:オルフェーヴル
- 2013年:オルフェーヴル
それぞれのレースを簡潔に振り返ってみましょう。
エルコンドルパサー(1999年)
日本調教馬として初めて「勝利」を現実的に意識させた歴史的な走りでした。不良馬場の中、ヨーロッパ最強馬モンジューと直線で壮絶な叩り合いを演じ、わずか半馬身差の2着。この敗戦は「斤量差に泣いた」とも言われ、日本馬の凱旋門賞挑戦の歴史における大きな転換点となりました。
ナカヤマフェスタ(2010年)
8番人気という伏兵扱いながら、日本の蛯名正義騎手(当時)と共に大健闘を見せました。勝ったのはその年のイギリスダービー馬ワークフォース。直線で一度は抜け出したものの、ゴール前で強襲されアタマ差の2着。エルコンドルパサー以来の快挙に、日本中が沸きました。
オルフェーヴル(2012年・2013年)
前述の通り、2年連続での2着という偉業(?)を達成。特に2012年のレースは、誰もが勝利を確信したところからの逆転負けという、競馬の難しさと残酷さを象徴するレースとしてファンの記憶に深く刻まれています。
これらの「あと一歩」の歴史が、日本競馬界の悲願をより一層強いものにしています。1着の壁は非常に厚いですが、いつかこの壁が破られる日が来ることは間違いありません。

これまでに凱旋門賞で優勝した日本馬は
読者の皆様が最も知りたいであろうこの問いに、単刀直入にお答えします。残念ながら、2025年9月現在、凱旋門賞で優勝した日本馬は一頭もいません。
日本国内でG1をいくつも制した名馬や、海外のG1レースで勝利した実績のある馬でさえ、凱旋門賞のゴールを先頭で駆け抜けることはできていません。では、なぜ日本馬は勝てないのでしょうか。その理由は一つではなく、複数の要因が複雑に絡み合っていると考えられています。
日本馬が凱旋門賞を勝てない主な要因
馬場の違い
日本の競馬場は、高速レースに対応できるよう硬く、水はけの良い芝が主流です。一方、パリロンシャン競馬場の芝は、根が深くクッション性の高いヨーロッパの野芝(洋芝)で、雨が降ると極端に時計のかかるタフな馬場になります。この「重い」馬場への適性の差が、最大の壁とされています。
レースペースの違い
日本のレースは、前半スローペースで進み、最後の直線で瞬発力を競う展開が多くなります。しかし、凱旋門賞は序盤からある程度のペースで流れ、スタミナを消耗し続ける「持続力」が問われる厳しいレースになりがちです。このペースの違いへの対応も、日本馬にとって大きな課題です。
血統の違い
上記の馬場やペースの違いとも関連しますが、日本の主流血統であるサンデーサイレンス系は、瞬発力に優れた馬を多く輩出してきました。一方で、凱旋門賞で好走する馬の多くは、スタミナやパワーに優れたヨーロッパの血統(サドラーズウェルズ系など)を引いています。この血統的な適性の差も、無視できない要因です。
これらの要因が複合的に絡み合い、日本馬の前に大きな壁として立ちはだかっているのです。

凱旋門賞で日本馬が1着になるための条件
日本馬が悲願である凱旋門賞のゴールを先頭で駆け抜けるためには、一体どのような条件をクリアする必要があるのでしょうか。過去半世紀以上にわたる挑戦の歴史は、その答えが一つではないことを教えてくれます。しかし、数々の悔しい敗戦の中から、勝利への道筋を照らすいくつかの重要な鍵が見えてきました。結論から言えば、それは日本の競馬における「常識」や「成功体験」を一度リセットし、凱旋門賞というレースに最適化されたアプローチを徹底することに尽きると考えられます。具体的には、「血統」「遠征」「人」、そして最後に「運」という4つの要素が、複雑に絡み合っているのです。
鍵①:血統の壁を超え、欧州の馬場に適応する能力
まず、すべての土台となるのが、馬自身が持つ能力、特にヨーロッパのタフな馬場への適性です。日本の競馬は、軽く締まった芝の上で瞬発力を競う「スピード競馬」が主流であり、その環境に適応進化してきたのが、日本の主流血統であるサンデーサイレンス系です。しかし、凱旋門賞の舞台となるパリロンシャン競馬場の芝は、根が深くクッション性の高い洋芝で、雨が降れば極端にスタミナを消耗する重馬場へと変貌します。ここで求められるのは、一瞬の切れ味ではなく、厳しい流れの中でもバテずに伸び続ける持続力とパワーなのです。
凱旋門賞で好走した日本馬の血統的共通点
過去に2着と好走した馬の血統を見ると、この「欧州適性」のヒントが隠されています。
- エルコンドルパサー:父が欧州血統のキングマンボであり、母方もアメリカのパワータイプの血統でした。
- オルフェーヴル:父はステイゴールドですが、母の父が欧州の重厚な血を持つメジロマックイーン。この配合が、日本的な軽さと欧州的なスタミナを両立させていました。
- スルーセブンシーズ:父はドリームジャーニーですが、母方に欧州の名血クロフネを持つなど、スタミナの裏付けがありました。
これらの事例から、サンデーサイレンス系のスピード能力を活かしつつも、母方や配合相手にヨーロッパのスタミナ血統を取り入れることが、一つの答えであることが示唆されています。
鍵②:心身を最適化する、遠征・調整方法の確立
どれほど優れた能力を持つ馬でも、レース当日に100%のコンディションでなければ勝機はありません。日本からフランスへの長距離輸送と、全く異なる環境での調整は、陣営にとって最大の課題の一つです。過去の挑戦から、主に2つの遠征モデルが試されてきました。
一つは、1999年のエルコンドルパサーが採用した「長期滞在モデル」です。春からフランスに拠点を移し、現地のレースを複数経験しながら馬場や環境にじっくりと順応させるこの方法は、最も確実性が高いアプローチとされています。しかし、滞在コストや馬への精神的負担が大きいというデメリットも存在します。
もう一つが、近年の輸送技術の向上を背景とした「短期輸送モデル」です。日本国内で万全の仕上げを行い、レース直前に現地入りする方法で、馬への負担を最小限に抑える狙いがあります。しかし、現地の馬場やペースを実戦で経験できないというリスクを伴います。どちらのモデルが最適解かは、馬の個性やその年の状況によって異なり、陣営の的確な判断が求められるのです。
鍵③:勝利へ導く、陣営の経験と騎手の戦略
最後に、馬の能力を最大限に引き出す「人」の力が不可欠です。特に、凱旋門賞を熟知した騎手の存在は、勝敗を分ける極めて重要な要素となります。
パリロンシャン競馬場は、ゴール前に「フォルスストレート(偽りの直線)」と呼ばれる紛らわしい坂が存在するなど、非常にトリッキーなコースです。どのタイミングで仕掛けるか、どのコース取りを選択するか。一瞬の判断ミスが命取りになるこの舞台では、コースを知り尽くしたクリストフ・ルメール騎手やランフランコ・デットーリ騎手のような名手の経験が、絶大な武器となります。2012年のオルフェーヴルが、勝利目前で内にモタれてしまった一因には、乗り慣れないコースでの経験不足があったとも言われています。
もちろん、騎手だけでなく、調教師や厩舎スタッフが海外遠征のノウハウをどれだけ蓄積しているかも重要です。飼料の管理から日々の調教、馬の精神的なケアまで、異国の地で最高のパフォーマンスを発揮させるための総合力が、今まさに問われています。
そして、最後は「運」も味方に
これら3つの条件を完璧に満たしたとしても、勝利が保証されないのが凱旋門賞の難しさです。レース当日の馬場状態が想定と全く違ったり、スタート直後に不利な展開になったり、あるいは絶対的な能力を持つライバルが出現したりと、人の力ではどうにもならない要素も存在します。最高の馬と最高のチームが、最高の準備をし、そして幸運の女神が微笑んだ時。その時こそ、日本の競馬界の悲願が達成されるのかもしれません。

凱旋門賞2025年に期待される日本馬
過去の幾多の挑戦が紡いできた物語は、2025年、新たな一章を迎えようとしています。日本競馬界の悲願がかかる世界最高峰の舞台、凱旋門賞は現地時間10月5日(日)にそのゲートが開かれます。夏競馬が終わり、秋の最大目標を見据えるこの時期、どの馬が日本の夢を背負ってロンシャンの芝に立つのか、その動向に大きな注目が集まっています。現時点で正式な出走表明はありませんが、国内外の報道やこれまでの実績から、有力な挑戦候補たちの姿が浮かび上がってきました。
日本の夢を乗せる挑戦候補たち
今年の日本馬候補は、充実の3歳世代と経験豊富な古馬勢の両方に、魅力的な馬が揃っています。
3歳世代の筆頭候補
やはり最大の注目は、今年の日本ダービーを制したダノンデサイルでしょう。父に菊花賞とジャパンカップを制したエピファネイアを持つ血統背景から、2400mの距離への適性は証明済みです。ダービーで見せた力強い走りは、ヨーロッパのタフなレースにも対応できる可能性を感じさせます。秋の始動戦の結果次第では、陣営が凱旋門賞を視野に入れる可能性は十分に考えられます。
また、皐月賞馬ジャスティンミラノや、牝馬クラシックを沸かせたチェルヴィニアといった馬たちも、そのポテンシャルは世代トップクラスです。それぞれの馬が持つ適性や今後のローテーション次第では、挑戦の道が開けてくるかもしれません。
経験豊富な古馬勢
古馬路線では、昨年の有馬記念を制し、すでに海外遠征の経験も豊富なドウデュースが、リベンジを期して再び挑戦する可能性が囁かれています。前年の経験は何物にも代えがたい財産であり、万全の状態で臨めば悲願達成に最も近い一頭と言えるでしょう。
さらに、今年の宝塚記念でタフな馬場を克服して勝利したブローザホーンも面白い存在です。父が欧州血統のエピファネイア、母の父がドイツ血統という配合は、まさに凱旋門賞向き。重い馬場への適性は証明済みであり、もし挑戦が実現すれば非常に楽しみな一頭となります。
世界の壁として立ちはだかる欧州の強豪
日本馬の前に立ちはだかるのは、当然ながらヨーロッパのトップホースたちです。今年も各国のクラシックレースを制した実力馬が、万全の態勢で凱旋門賞のタイトルを狙っています。
特に今年の3歳世代はレベルが高いと評判で、イギリスダービーを圧倒的な強さで制した「City of Troy」、フランスダービー(ジョッケクルブ賞)を無敗で制した「Look de Vega」などが、現地のブックメーカーでも高い評価を受けています。
主要ブックメーカーによる凱旋門賞2025 オッズ(9月5日時点)
現時点での評価を知る上で、ブックメーカーのオッズは非常に参考になります。
| 馬名 | 所属国 | 主な実績 | 想定オッズ |
|---|---|---|---|
| City of Troy | アイルランド | 2025年 英ダービー(G1) | 4.5倍 |
| Look de Vega | フランス | 2025年 仏ダービー(G1) | 7.0倍 |
| Economics | イギリス | 2025年 愛ダービー(G1) | 10.0倍 |
| ドウデュース | 日本 | 2024年 有馬記念(G1) | 15.0倍 |
| ダノンデサイル | 日本 | 2025年 日本ダービー(G1) | 21.0倍 |
※オッズは変動する可能性があります。
このように、海外のブックメーカーはやはり欧州のクラシックホースを高く評価していますが、日本のドウデュースやダノンデサイルも上位の一角として警戒されていることがわかります。これらの強力なライバルたちを相手に、日本馬がどのような戦いを見せるのか、今から期待が膨らみます。
どの馬がロンシャンの舞台に立つにせよ、その挑戦は日本競馬界全体の夢を乗せた、非常に価値のあるものです。今後、各馬の秋のローテーションが続々と発表されます。その中に「凱旋門賞」の四文字が含まれていることを、心から期待して待ちましょう。

総括!凱旋門賞の過去の傾向と今後の展望
この記事では、凱旋門賞の過去の傾向と、日本馬の挑戦の歴史について詳しく解説してきました。最後に、記事の要点をリスト形式でまとめます。
- 凱旋門賞はフランスのパリロンシャン競馬場で開催される世界最高峰のレース
- レース距離は芝2400mで極めて高いスタミナが要求される
- 過去10年では3歳馬や牝馬の活躍が目立つ傾向がある
- これは古馬や牡馬に比べて斤量が軽いことが有利に働くため
- レース当日の馬場状態が結果を大きく左右し重馬場では波乱も起きる
- 日本馬の凱旋門賞挑戦は1969年のスピードシンボリから始まった
- これまでの日本馬の最高着順は2着で過去に4回記録されている
- 初めて2着に入ったのは1999年のエルコンドルパサー
- ディープインパクトは2006年に3位で入線するも後に失格となった
- オルフェーヴルは2012年と2013年に2年連続で2着と惜敗した
- 日本馬が勝てない大きな要因として欧州特有の重い馬場が挙げられる
- 瞬発力型の多い日本馬にとって持続力が問われるレース展開も課題
- 悲願達成のためには欧州の馬場やレースへの高い適性が必要不可欠
- 2025年の凱旋門賞も日本の有力馬の挑戦に大きな期待が集まる
- 日本競馬界の長年の夢である凱旋門賞制覇の日に向けて挑戦は続く
