競馬の祭典とも呼ばれる日本ダービー。多くのファンが抱く「ダービーは牡馬だけのレースではないか?」という疑問や、ダービーで牝馬はなぜ勝てないのかという関心に応えるべく、この記事ではダービーにおける牝馬の歴史を徹底解説します。そもそも日本ダービーは牝馬でれるのか、その具体的な出走条件とはどのようなものでしょうか。ダービーの牝馬で過去の成績を振り返ると、日本ダービーで牝馬の優勝は数えるほどしかありません。ダービー馬の歴代リストの中で、牝馬のダービー制覇を成し遂げた日本ダービーの牝馬勝ち馬は、まさに伝説的な存在です。特に記憶に新しい牝馬ダービーのウオッカの走りは圧巻でした。この記事では、ダービーにおける牝馬の成績、日本ダービーに出れる馬の条件、さらには皐月賞と牝馬の関係性、そして記憶に新しいダービーの牝馬2024年の挑戦まで、ダービーの牝馬に関するあらゆる情報を網羅的に掘り下げていきます。
- 日本ダービーを制した歴代の牝馬3頭の偉業
- 牝馬がダービーに挑戦することが稀である理由
- ダービーへの出走条件と近年の挑戦史
- 今後の牝馬によるダービー制覇の可能性
歴代の日本ダービーで牝馬の勝ち馬はいるのか
- 日本ダービーで牝馬の優勝は歴史上3頭のみ
- 伝説的な牝馬ダービーはウオッカの圧勝劇
- 牝馬のダービー制覇は実に64年ぶりの快挙
- ダービーの牝馬で過去の勝ち馬を振り返る
- 歴代ダービー馬の中で輝く牝馬たちの存在
- 近年のダービー牝馬2024年の挑戦と結果

日本ダービーで牝馬の優勝は歴史上3頭のみ
結論から言うと、90回を超える歴史を持つ日本ダービーにおいて、牝馬が優勝したのはわずか3頭しかいません。これは、3歳馬の頂点を決めるこのレースがいかに過酷で、特に牝馬にとっては極めて高い壁であることを物語っています。
最初に歴史の扉を開いたのは1937年のヒサトモ、次に戦時下の1943年に無敗でダービーを制したクリフジが続きます。そして、そこから64年もの長い歳月を経て、2007年に現代の競馬ファンに衝撃を与えたウオッカが3頭目のダービー女王となりました。この事実は、単に数が少ないというだけでなく、それぞれの勝利がいかに歴史的な偉業であったかを示唆しているのです。
ダービーを制した牝馬は、ヒサトモ、クリフジ、ウオッカの3頭のみです。彼女たちの勝利は、いずれも競馬史に残る特別な出来事として語り継がれています。
このように、ダービーの歴史を振り返ると、牝馬の優勝がいかに稀有な出来事であるかが分かります。だからこそ、牝馬がダービーに挑戦する際には、常に大きな注目が集まるのです。

伝説的な牝馬ダービーはウオッカの圧勝劇
2007年5月27日、東京競馬場。この日行われた第74回日本ダービーは、単なる一年の頂点を決めるレースではなく、日本の競馬史に燦然と輝く、歴史的な一日として多くのファンの記憶に刻まれています。主役は、実に64年ぶりとなるダービー制覇という偉業を成し遂げた牝馬、ウオッカでした。彼女の勝利は、まさに伝説と呼ぶにふさわしい圧巻のパフォーマンスによるものでした。
常識を覆した挑戦への決断
ウオッカのダービーへの道は、決して平坦なものではありませんでした。前哨戦の桜花賞では、生涯のライバルとなるダイワスカーレットの2着に敗れます。通常、有力牝馬が桜花賞後に目指すのは、牝馬三冠の二冠目であり、牝馬にとって最高の栄誉とされる「オークス」です。実際、オークスに出走すれば、ウオッカが優勝する可能性は極めて高いと見られていました。
しかし、管理する角居勝彦調教師と馬主の谷水雄三氏が下した決断は、常識を覆す「日本ダービー挑戦」でした。これには、大きなリスクが伴います。
ダービー挑戦のデメリットは明確でした。まず、ほぼ手中にできるであろうオークスという大きなタイトルを手放すことになります。そして、万が一ダービーで惨敗すれば、その後のキャリアにも影響を及ぼしかねません。まさにハイリスク・ハイリターンの選択だったのです。
それでも陣営の意思は揺るぎませんでした。それは、「この馬の桁外れの能力ならば、牡馬の頂点とも渡り合えるはずだ」という強い信念があったからです。こうしてウオッカは、多くの競馬ファンの期待と少しの不安が入り混じる中、牡馬の精鋭たちが待ち受けるダービーの舞台へと駒を進めることになります。
歴史が動いた直線1100メートル
レース当日、ウオッカは単勝4番人気の支持を集めます。1番人気は無敗の皐月賞馬ヴィクトリーを破ってきたフサイチホウオーで、やはり多くのファンは実績のある牡馬を中心にレースを予想していました。
ゲートが開くと、鞍上の四位洋文騎手はウオッカを慌てさせることなく中団でじっくりと脚を溜めます。1000m通過が60秒を切るよどみないペースの中、彼女は冷静に勝機をうかがっていました。そして、勝負どころの最終コーナー、多くの馬が外に膨らむ中、四位騎手は最短距離を突くように内側へ進路を取るという好判断を見せます。
直線に入ると、目の前には馬群の壁が広がっていましたが、わずかな隙間をこじ開けるようにしてウオッカは末脚を爆発させました。そこからの走りは圧巻の一言。力強いストライドでぐんぐん加速し、先に抜け出していた牡馬たちをあっという間に抜き去っていきます。残り200m地点で先頭に立つと、その後は後続を突き放す一方。最終的に2着のアサクサキングスに3馬身という決定的な差をつけてゴール板を駆け抜けました。
競馬界の扉を開けた勝利の価値
歴史的瞬間が訪れた東京競馬場は、14万人の大観衆が織りなす地鳴りのような歓声と拍手に包まれました。レース後の勝利騎手インタビューで、鞍上の四位騎手は興奮気味にこう語りました。
「64年ぶりに、僕が扉を開けました!」
この言葉は、ウオッカの勝利がいかに大きな意味を持つかを象徴しています。それは、単なるG1レースの一勝ではありません。多くの競馬関係者やファンが長年抱き続けてきた「牝馬にはダービーは厳しい」という厚い固定観念の壁を、彼女の圧倒的なパフォーマンスが打ち破った瞬間でした。
この歴史的な勝利以降、有力な牝馬がダービーに挑戦することへの心理的なハードルは大きく下がりました。ウオッカが開けた扉は、後のレガレイラやサトノレイナスといった後輩牝馬たちの挑戦へと繋がり、日本競馬の新たな可能性を切り拓いたのです。

牝馬のダービー制覇は実に64年ぶりの快挙
前述の通り、ウオッカがダービーを制するまで、実に64年間も牝馬の優勝馬は現れませんでした。ウオッカ以前にダービーを制した2頭の牝馬は、競馬の草創期とも言える時代に活躍した伝説的な名馬です。
史上初の女王 ヒサトモ(1937年)
記念すべき史上初のダービー牝馬となったのがヒサトモです。彼女が優勝した第6回日本ダービーは、2着にも牝馬のサンダーランドが入り、後にも先にも唯一となる牝馬によるワンツーフィニッシュという記録的なレースとなりました。当時はまだ競馬の制度も確立されておらず、牝馬が牡馬と互角に渡り合うことも珍しくなかった時代背景も、この快挙を後押ししたのかもしれません。
戦時下の幻の三冠馬 クリフジ(1943年)
ヒサトモから6年後、戦時下の暗い世相の中で、クリフジという一頭の牝馬が競馬界を席巻しました。彼女はデビューから無敗のままダービーに出走し、スタートで大きく出遅れながらも終わってみれば6馬身差の圧勝という、信じがたい強さを見せつけます。その後、クリフジはオークスと菊花賞も制し、史上唯一となる「変則三冠」を無敗で達成しました。その圧倒的な実力から、史上最強馬候補の一頭に挙げる声も少なくありません。

ダービーの牝馬で過去の勝ち馬を振り返る
ここで、日本ダービーの歴史にその名を刻んだ3頭の女王について、その成績を改めて表で比較してみましょう。時代背景やレース環境は異なりますが、それぞれが傑出した能力を持っていたことが分かります。
| 馬名 | 優勝年 | 騎手 | 主な勝ち鞍 | 特記事項 |
|---|---|---|---|---|
| ヒサトモ | 1937年 | 伊藤正四郎 | 東京優駿競走、帝室御賞典(秋) | 史上初のダービー牝馬。2着も牝馬で史上唯一の牝馬ワンツー。 |
| クリフジ | 1943年 | 前田長吉 | 東京優駿競走、菊花賞、優駿牝馬 | 無敗で変則三冠を達成。ダービーは6馬身差の圧勝。 |
| ウオッカ | 2007年 | 四位洋文 | 東京優駿、安田記念(2回)、天皇賞(秋)などG1・7勝 | 64年ぶりのダービー牝馬。JRA年度代表馬に2度選出。 |
この3頭はいずれも、ダービー制覇後も輝かしい成績を残しており、ダービーでの勝利がフロック(まぐれ)ではなかったことを証明しています。特にウオッカは、古馬になってからも一線級で活躍し続けました。

歴代ダービー馬の中で輝く牝馬たちの存在
「ダービー馬はダービー馬から」という格言があるように、日本ダービーを制した馬には、競走馬として最高の栄誉が与えられると同時に、「血を繋ぐ」という未来への大きな期待が託されます。しかし、その価値の意味合いは、牡馬と牝馬で大きく異なります。ここでは、歴代ダービー馬という錚々たるリストの中で、牝馬がいかに特別な輝きを放っているのかを解説します。
未来を創る「種牡馬」と、血を繋ぐ「繁殖牝馬」
ダービーを制した牡馬は、引退後「種牡馬(しゅぼば)」として第二の馬生を歩むのが一般的です。彼らは競馬界の未来を創る存在と言えます。
種牡馬としての価値
ダービー制覇という実績は、種牡馬としての価値を飛躍的に高めます。例えば、近年のダービー馬であるコントレイルやドウデュースは、引退後すぐに数千万円という高額な種付け料が設定され、初年度から200頭を超える優秀な繁殖牝馬を集めました。一頭の種牡馬は、その産駒を通じて競馬界全体に絶大な影響を与える、まさに「血の支配者」となる可能性を秘めているのです。
一方で、競走生活を終えた牝馬は「繁殖牝馬(はんしょくひんば)」となり、仔を産み育てます。彼女たちが担うのは、未来へと血を繋ぐ重要な役割です。
繁殖牝馬としての価値
繁殖牝馬は、年に一頭しか仔を産むことができません。そのため、一頭の繁殖牝馬が競馬界に与える直接的な影響は、種牡馬に比べて限定的です。しかし、ダービーを勝つほどの類まれな能力を持つ牝馬は、その優れた遺伝情報を次の一頭に凝縮して伝える「血の継承者」として、計り知れない価値を持ちます。その一頭の仔から、再び歴史を塗り替えるような名馬が誕生する夢とロマンが託されるのです。
ダービー女王たちの第二の馬生
では、実際にダービーを制した3頭の女王たちは、繁殖牝馬としてどのような生涯を送ったのでしょうか。その道のりは、必ずしも華やかなものばかりではありませんでした。
- ウオッカ:繁殖牝馬として大きな期待を集め、国内外で9頭の産駒を残しました。残念ながらG1を制するような大物は現れませんでしたが、産駒のタニノフランケルが重賞戦線で活躍するなど、その血の片鱗を見せています。ダービーを勝つほどの歴史的な名牝であっても、その能力を産駒に伝えることの難しさと奥深さを物語っています。
- クリフジ:戦後の混乱期に繁殖生活を送りましたが、産駒から目立った活躍馬は出ませんでした。無敗の変則三冠という圧倒的な競走能力は、残念ながら次世代に大きく受け継がれることはありませんでした。
- ヒサトモ:史上初のダービー牝馬となった彼女の晩年は、栄光とは対照的なものでした。繁殖牝馬として大成できず、最終的には消息不明となってしまったと伝えられています。ダービー制覇という輝かしい功績の裏にあった、時代の波に翻弄された悲しい物語です。
歴史の特異点としての輝き
歴代ダービー馬のリストを眺めると、そのほとんどが錚々たる名種牡馬たちの名前で埋め尽くされています。その中で、ポツンと記されたヒサトモ、クリフジ、ウオッカという3頭の牝馬の名前は、なぜこれほどまでに私たちの心を惹きつけるのでしょうか。
それはおそらく、牡馬が脈々と築き上げてきた「血の歴史」という大きな流れの中に、彼女たちが自らの能力一つで風穴を開けた「歴史の特異点」だからではないでしょうか。数の論理や血統のセオリーを超越し、一個の競走馬として世代の頂点に立ったという事実。それこそが、競馬というブラッドスポーツの奥深さとドラマを象徴する、何物にも代えがたい輝きを放っているのです。

近年のダービー牝馬2024年の挑戦と結果
前述の通り、ウオッカが64年ぶりにダービー制覇という歴史の扉を開けて以降、牝馬によるダービー挑戦の持つ意味合いは大きく変わりました。それは単なる「無謀な挑戦」ではなく、確かな実力と勝算に基づいた「現実的な選択肢」の一つへと変化したのです。特に近年は、牡馬のトップクラスと互角以上に渡り合う、レベルの高い牝馬が次々と登場しています。ここでは、記憶に新しい2024年の挑戦を中心に、近年の動向を詳しく見ていきましょう。
規格外の挑戦者 レガレイラ(2024年)
2024年のクラシック戦線において、主役の一頭として最も大きな注目を集めたのが牝馬のレガレイラでした。彼女の挑戦が特別だったのは、その輝かしい実績に裏打ちされていたからです。
レガレイラは、2歳時の2023年末に、牡馬を相手にしたG1レース「ホープフルステークス」に出走し、見事に優勝。これは長いJRAの歴史上で初めて、牝馬が2歳牡馬混合G1を制するという金字塔でした。この時点で、彼女は同世代の牡馬トップクラスと同等、あるいはそれ以上の能力を持つことを証明したのです。
この歴史的な勝利を受け、陣営は牝馬の王道であるオークス路線ではなく、皐月賞、そして日本ダービーという牡馬クラシックの王道を歩むことを選択します。これは「牝馬だから」という枠にとらわれず、純粋に世代最強を目指すという陣営の強い意志の表れでした。
ダービーでの走り
残念ながら皐月賞では6着に敗れたものの、ダービー本番では見事に巻き返します。レースでは後方からじっくりと脚を溜め、最後の直線で大外から追い込みました。結果は5着と、あと一歩で掲示板の最上位争いには加われませんでしたが、その末脚は非凡なものがありました。この時に記録した上がり3ハロン(最後の600m)のタイムは33秒5で、これは勝ち馬に迫る非常に優秀なタイムです。牡馬の強豪たちを相手に、最後まで見せ場を作った走りは、改めて現代牝馬のレベルの高さを証明するものとなりました。
ダービー制覇に最も近づいた一頭 サトノレイナス(2021年)
ウオッカ以降、「ダービー制覇」に最も近づいた牝馬は誰かと問われれば、2021年に挑戦したサトノレイナスの名前を挙げるファンは少なくないでしょう。彼女の挑戦もまた、確かな根拠に裏打ちされたものでした。
桜花賞では、白毛のアイドルホース・ソダシと歴史に残る大激闘を演じ、ハナ差の2着。通常であれば次走はオークスで雪辱を期すところですが、管理する名伯楽・国枝栄調教師と馬主の里見治氏は、ダービーへの挑戦を決断します。これには「桜花賞の内容なら、距離が延びるダービーでも牡馬相手に勝負になる」という、確かな勝算がありました。
その期待の大きさは、当日のファンからの支持にも表れており、サトノレイナスは2番人気に推されます。レースでは、勝ち馬シャフリヤールからわずか0.3秒差の5着と大健闘。着順こそ5着ですが、ゴール前は数頭が横に広がる大接戦であり、展開ひとつでダービー馬になっていても全く不思議ではない、非常に内容の濃い走りでした。
潮流を変えた挑戦者たち
レガレイラやサトノレイナスだけでなく、ウオッカ以降も多くの実力馬がダービーに挑んできました。2014年には、2歳女王のレッドリヴェールが果敢に挑戦しています。こうした一頭一頭の挑戦の積み重ねが、「牝馬のダービー挑戦」を特別なイベントから、有力馬にとっての現実的な選択肢の一つへと変えてきたのです。
近年の牝馬は、調教技術の向上や栄養管理の進化、さらには海外からの多様な血統導入により、牡馬との肉体的な能力差が縮まってきていると言われています。だからこそ、4頭目のダービー女王が誕生する日は、そう遠くない未来に訪れるかもしれません。
なぜ日本ダービーで牝馬の勝ち馬は少ない?
- なぜダービーは牝馬が勝てないと言われるのか
- 牡馬だけのレースではないダービーの牝馬成績
- 日本ダービーは牝馬でれる?その出走条件
- 日本ダービー出れる馬と皐月賞牝馬の関係
- 総括|未来の日本ダービー牝馬勝ち馬への期待

なぜダービーは牝馬が勝てないと言われるのか
前述の通り、90年を超えるダービーの歴史で牝馬の勝ち馬はわずか3頭です。この事実は、多くのファンに「ダービーで牝馬は勝てない」という強いイメージを植え付けています。しかし、その背景には能力の優劣という単純な問題だけでなく、生物学的な側面、レース体系の制度、そして陣営による戦略的な判断が複雑に絡み合っているのです。ここでは、その複合的な理由を3つの側面から深く掘り下げていきます。
理由1:3歳春という「時」がもたらす肉体的な差
競走馬の成長曲線は、牡馬と牝馬で異なる傾向が見られます。特にクラシックシーズンを迎える3歳の春は、その差が顕著に現れる時期です。牡馬はこの時期に骨格が急速に逞しくなり、筋肉量も増大する、いわば「第二次性徴期」とも言える急成長を迎えます。
一方で、牝馬の成長は牡馬に比べて比較的緩やかです。もちろん個体差は大きいものの、全体的な傾向として、心身ともに完成の域に達するのはもう少し先、古馬になってからというケースも少なくありません。ダービーが行われる東京2400mというコースは、スタミナとパワー、そして精神的なタフさが総合的に求められる舞台です。この肉体的な「完成度の差」が、ゴール前の厳しい競り合いにおいて、牡馬にアドバンテージをもたらす大きな要因と考えられています。
これは、ウオッカやクリフジといった歴史的な名牝が、いかに規格外の完成度を3歳春の時点で誇っていたかの裏返しでもあります。彼女たちは、この成長差の壁を乗り越えるほどの傑出した能力を持っていたのです。
理由2:もう一つの頂点「オークス」という名の存在
牝馬のダービー挑戦が少ない最大の理由、それは牝馬にとってのダービーとも言うべき最高峰のレース「オークス(優駿牝馬)」の存在です。オークスは、日本ダービーと同じ週の日曜日に、同じ東京競馬場2400mを舞台に行われる牝馬限定のG1レースです。
ここで優勝することは「樫の女王」と呼ばれ、ダービー馬に勝るとも劣らない最高の栄誉とされています。そのため、ほとんどの有力牝馬は、ダービーではなくオークスを最大の目標として調整を進めます。この選択の背景には、名誉だけでなく、極めて現実的な理由が存在します。
ダービーか、オークスか。陣営の戦略的天秤
- 賞金とリスク:ダービーの1着賞金が約3億円であるのに対し、オークスは約1億5000万円です。賞金だけを見ればダービーが魅力的ですが、そこには世代トップクラスの牡馬が多数出走します。厳しい戦いが予想されるダービーに挑戦するよりも、牝馬同士で戦い、より確実にタイトルと賞金を獲得できるオークスを選ぶ方が、遥かにリスクの低い選択と言えます。
- 繁殖牝馬としての価値:競走生活を終えた牝馬は、繁殖牝馬として仔を産むという大切な役割を担います。「オークス馬」という称号は、その馬が距離適性とスタミナを兼ね備えた優秀な牝馬であることの何よりの証明です。これは繁殖牝馬としての市場価値を飛躍的に高め、将来的に産む仔馬の価格にも大きく影響します。ダービーで入着するよりも、オークスを勝つ方が、将来的な価値は遥かに高いと判断されるのです。
このように、多くの陣営にとって、オークスは「ダービーを諦めて出るレース」ではなく、「牝馬として最も価値のあるタイトルを獲りに行くためのレース」なのです。
理由3:戦略的判断と気性のデリケートさ
最後の理由として、牝馬特有の気質の繊細さと、それを考慮した陣営の戦略的判断が挙げられます。一般的に、牝馬は牡馬に比べて環境の変化に敏感で、精神的にデリケートな面を持つ馬が多いとされています。
日本ダービーは、十数万人の大観衆が詰めかける独特の雰囲気、レース前の長い待機時間など、馬にとって非常に大きなプレッシャーがかかる舞台です。こうした極度の緊張状態は、繊細な気性を持つ馬のパフォーマンスに悪影響を及ぼす可能性があります。実力を出し切れずに終わってしまうリスクを考慮すれば、より落ち着いて臨める牝馬限定戦を選ぶのは、馬の能力を最大限に引き出すための合理的な判断と言えるでしょう。
結局のところ、「なぜ牝馬はダービーを勝てないのか」という問いの答えは、能力の有無だけでは語れません。それは、牝馬にとって最も輝ける舞台として「オークス」が存在し、陣営がそれぞれの馬の肉体、気性、そして将来性までを総合的に考慮した上で、最善の道を選択した結果なのです。

牡馬だけのレースではないダービーの牝馬成績
「ダービーは牡馬のレース」というイメージが根強いですが、これはあくまで結果論であり、制度上は牝馬も全く同じ条件で出走が可能です。挑戦する馬が少ないだけで、門戸が閉ざされているわけではありません。
そして、挑戦した牝馬の中には、優勝には至らずとも素晴らしい走りを見せた馬が数多くいます。
| 開催年 | 馬名 | 人気 | 着順 | 備考 |
|---|---|---|---|---|
| 1961年 | チトセホープ | 10番人気 | 3着 | オークスを勝った後に挑戦し好走。 |
| 2014年 | レッドリヴェール | 4番人気 | 12着 | 2歳女王が果敢に挑戦。 |
| 2021年 | サトノレイナス | 2番人気 | 5着 | 桜花賞2着からオークスではなくダービーを選択。 |
| 2024年 | レガレイラ | 2番人気 | 5着 | G1ホープフルSを制した実績を引っ提げ挑戦。 |
このように、近年でも上位人気に支持され、掲示板内(5着以内)に食い込む牝馬は決して珍しくありません。これらの成績は、ウオッカのような規格外の馬でなくとも、能力次第で十分に牡馬と渡り合えることを示しています。

日本ダービーは牝馬でれる?その出走条件
「そもそも日本ダービーって牝馬でも出走できるの?」これは、競馬を始めたばかりの方が抱く素朴な疑問の一つです。結論から申し上げると、はい、牝馬も牡馬と全く同じ条件で出走することが可能です。しかし、その条件は非常に厳しく、性別に関係なく、世代の頂点を決めるにふさわしい狭き門となっています。
門戸は平等に開かれている:ダービーの出走資格
日本ダービーに出走できるのは、JRA(日本中央競馬会)に所属する3歳のサラブレッドです。ここには牡馬と牝馬の区別は一切ありません。ただし、競走能力の向上を目的として去勢された「せん馬」は出走資格がありません。
そして、ダービーのゲートに入れるのは、世代に約7,000頭いると言われるサラブレッドの中から選び抜かれた、最大18頭のみ。この18の出走枠をめぐり、3歳馬たちは春のクラシックシーズンを通して熾烈な争いを繰り広げるのです。
ダービーへの二つの道:優先出走権と収得賞金
では、その18頭はどのようにして決まるのでしょうか。出走馬が決定されるプロセスには、大きく分けて二つのルートが存在します。
①トライアルレースで「優先出走権」を獲得する
一つ目は、ダービーの前に開催される3つの「トライアルレース(前哨戦)」で上位に入り、「優先出走権」を獲得するルートです。これは、いわばダービーへの切符をかけた最終予選のようなもので、ここで権利を得れば、他の馬の成績に関わらず無条件で出走できます。
| レース名 | 格付け | 開催時期 | 優先権獲得条件 | 特徴 |
|---|---|---|---|---|
| 皐月賞 | G1 | 4月中旬 | 5着以内 | クラシック三冠の第一関門。最もレベルの高い馬が集まる最重要路線。 |
| 青葉賞 | G2 | 4月下旬 | 2着以内 | ダービーと同じ東京2400mで行われる。本番への適性が問われる。 |
| プリンシパルS | L | 5月上旬 | 1着のみ | ダービーへの最後の椅子をかけた、文字通り一発勝負のレース。 |
これらのレースで権利を獲得した馬が、まずダービーの出走枠を埋めていきます。
②「収得賞金」を積み重ねて出走枠に入る
二つ目は、トライアルレースで優先出走権を得られなかった馬たちが、残りの出走枠を争うルートです。この選考基準となるのが「収得賞金」と呼ばれるものです。
「収得賞金」とは?
収得賞金とは、ダービーなどのG1レースに出走する馬を決めるための、JRA独自の特殊な計算方法による賞金額のことです。実際に稼いだ賞金がそのまま加算されるわけではなく、主に重賞レース(G1、G2、G3)で2着以内に入るなど、格の高いレースで好走しないと大きく増えません。ダービーに出走するためには、この収得賞金をいかに多く積み上げているかが重要になります。
優先出走権を得た馬を除いた残りの出走枠は、この収得賞金の多い順に決定されます。毎年のレースレベルによって変動しますが、ダービーに出走するためのボーダーラインは非常に高額になることがほとんどです。
牝馬がダービーへ向かう現実的なルート
前述の通り、出走条件は牡馬と牝馬で同じです。しかし、牝馬がダービーの出走権を獲得するための道のりは、牡馬とは少し異なります。牡馬相手のトライアルレースである青葉賞やプリンシパルステークスに牝馬が出走することは、極めて稀です。
そのため、牝馬がダービーを目指す上で最も現実的なのは、「収得賞金」を十分に積み上げて出走権を得るルートです。
では、牝馬はどうやって牡馬に負けないほどの収得賞金を稼ぐのでしょうか?
答えは、2歳時から牡馬混合のG1レースで結果を残すことです。例えば、ウオッカは2歳女王決定戦「阪神ジュベナイルフィリーズ(G1)」を、レガレイラは「ホープフルステークス(G1)」を制して、早い段階でダービー出走を確実にするほどの収得賞金を獲得しました。牝馬クラシック路線(桜花賞やオークス)とは異なる道を選び、牡馬のトップクラスと同じ土俵で実績を積み重ねること。それこそが、牝馬にとってダービーへの扉を開く、最も確実な方法なのです。

日本ダービー出れる馬と皐月賞牝馬の関係
クラシック三冠レースの第一弾である「皐月賞」も、ダービーと同様に牝馬が出走可能です。しかし、歴史を振り返っても皐月賞に挑戦する牝馬はダービー以上に少なく、勝ち馬となると1940年代まで遡らなければなりません。
これには、皐月賞が行われる中山競馬場のコース形態が大きく関係しています。中山競馬場は直線が短く、急な坂があるため、スピードだけでなく瞬発力とパワーがより強く求められます。このコース特性が、3歳春時点の牝馬にとってはダービー以上に厳しい条件となることが多いのです。
2024年のレガレイラのように、牡馬相手のG1を勝つほどの能力があれば皐月賞でも勝負になりますが、多くの陣営はより適性の高い牝馬限定G1の「桜花賞」を選択します。皐月賞で好走した馬はダービーでも有力候補となるため、皐月賞への挑戦が少ないことが、結果的にダービーへの牝馬の挑戦者を減らす一因にもなっていると言えるでしょう。
このように、ダービーに出れる馬の条件は性別で区別されていませんが、そこに至るまでのローテーションやレースの特性が、牝馬の挑戦を阻む壁となっているのです。

総括|未来の日本ダービー牝馬勝ち馬への期待
- 日本ダービーで優勝した牝馬は歴史上わずか3頭
- 初代女王は1937年のヒサトモで史上唯一の牝馬ワンツーを達成
- 2頭目は1943年に無敗で変則三冠を達成したクリフジ
- 牝馬の挑戦が少ない最大の理由は同週にオークスが開催されるため
- 3歳春時点での牡馬との身体的な成長差も理由の一つ
- ダービーの出走条件に性別による有利不利はない
- 収得賞金やトライアルレースの結果で出走権が決まる
- 「牡馬だけのレース」というイメージがあるが制度上は門戸が開かれている
- 近年はダービーで上位争いをするレベルの高い牝馬が増えている
- 2024年にはレガレイラが2番人気に支持され5着と健闘した
- 皐月賞はダービー以上にパワーが問われるため牝馬の挑戦は稀
- ウオッカの勝利以降「牝馬では勝てない」という固定観念は薄れつつある
- 調教技術の向上や栄養管理の進化も牝馬のレベルアップに貢献
- 4頭目の日本ダービー牝馬勝ち馬が誕生する日はそう遠くないかもしれない
